10月に出たばかりの作品であるが、永田町(政界)と霞が関(官界)では大ベストセラーになることが確実と思われるので取り上げることにした。
船橋洋一氏(国際文化会館グローバル・カウンシル・チェアマン、元朝日新聞社主筆)は、本書の性格についてこう記す。
〈私はこの本で、第二次安倍政権の権力中枢の政策決定過程の舞台裏のドラマを検証することを試みた。調査報道と銘打った次第である。調査報道とは、独立した立場から、当事者の間に埋もれ、表に出ない核心の事実を掘り起こし、社会にとって重要な課題を提起する検証ジャーナリズムであると私は考えている。同時に、安倍首相をはじめとするこの政権の主要人物の思想と行動に密着し、彼らの肉声を取り出し、政治と政策の現場を写生し、再現することを心掛けた。ノンフィクションと名乗った所以である。ノンフィクションとは現場の写生と再現であり、当事者に肉声で真実を語らせる肉声ジャーナリズムであると私は思っている〉
本書には、2018年11月14日のシンガポール日ロ首脳会談の準備過程が詳述されている。その中には評者も登場する。評者は今年5月30日に船橋氏の取材を受けた。この時点で船橋氏は、安倍晋三元首相と当時のごく限られた官邸スタッフ、外務省最高幹部しかしらない評者の関与について正確な情報を掴んでいた。ジグソーパズルの最後のピースを埋めるために船橋氏は接触してきたのだ。真実を語った方が安倍氏の想いに適うと評者は思って、船橋氏の質問に答えた。本書のシンガポール日ロ首脳会談の準備過程に関する記述は、評者の知る範囲ではすべて事実である。
安倍首相との面会
評者が本件に関与するようになった理由は、外務省が安倍首相(当時)の期待するロシアのプーチン大統領と噛み合う交渉案を作成できなかったからだ。その過程を船橋氏はわかりやすく記している。
〈冷戦時代の産物である外務省のロシア・スクールは、冷戦後も、二一世紀になっても生き残った。「逆説的だが、(鈴木)宗男先生と佐藤(優)のおかげで、つまりは彼らの脅威から身を守らなければならないため、ロシア・スクールは生き延びた」と外務事務次官経験者の一人は語ったことがある。/「彼らの脅威」――少々、説明が必要である。/鈴木宗男は、北海道選出の衆議院議員で、小渕恵三内閣で官房副長官を務めた。先に述べたように親ロ派議員として有名で、森政権の時の「イルクーツク声明」について日本側で旗振り役を担った。しかし、鈴木は二〇〇二年、汚職事件で逮捕された。二〇一〇年、有罪が確定し、失職した(二〇一九年、参議院議員として国政に復帰)。/佐藤優は、一九八五年、外務省に専門職で入省。一九八八年から一九九五年までモスクワの日本大使館に勤務し、ロシア権力中枢に人脈を築いた。一九九一年八月のクーデターの時、ゴルバチョフ大統領の生存をいち早く確認し、インテリジェンス・オフィサーとして非凡な才能を発揮した。一九九八年、国際情報局分析第一課主任分析官となった。/東郷は一九六八年外務省入省。(略)東郷和彦も外務省ではソ連・ロシアを長く担当した。先に述べた「イルクーツク声明」の時は欧州局長としてその実現に尽力した。/鈴木の逮捕と連座する形で佐藤も逮捕されたが、佐藤は二〇〇五年、それを「国策捜査」であるとして著書(『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』)を世に問うた。東郷も鈴木との関係から“危険人物”とみなされ、オランダ大使を最後に、外務省を追われるが如く退官した。/(略)今井尚哉〔引用者註―首相秘書官兼補佐官〕は月刊誌『文藝春秋』(二〇一八年六月号)のインタビューに答え、安倍のこうした外務省に対する苛立ちを代弁する形で発言した。/「北方領土問題は過去七〇年、解決しないまま続いてきました。森喜朗総理時代の二〇〇一年に採択されたイルクーツク声明で両国は歩み寄りを見せたものの、その後また関係は冷え込みました。ロシアの態度は一貫しているのに、日本の言うことが、政権交代のたびに変わるからです。これまで外務省とも議論を重ねてきましたが、はっきりいって外務省は北方領土問題を前に進めるアイデアを持っていません。僕には、彼らが『不法占拠だ』とただ騒いで自身の数年間の任期を終えているようにしか思えません」〉
評者が外務省退職後、安倍氏と初めて会ったのは、本書にも記されているが、2017年3月10日のことだ。場所は首相公邸で、鈴木宗男氏が仲介し、他に官邸幹部が2人同席した。このときには北方領土交渉の過去の経緯を評者が説明しただけで、踏み込んだ話にはならなかった。評者と首相官邸の接触が緊密になるのは18年8月以降だ。
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