ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に返り咲いて、国際秩序にどのような変動が生じるのであろうかと、誰もが戦々恐々としている。俺が大統領になればロシア・ウクライナ戦争を24時間で止めさせることができるとトランプ氏は豪語していた。もっともトランプ氏は、ある人にはあることを言い、別の人には違うことを言う。そして自分は別のことを考えている。その行動は、これらの要素を総合してまったく別のものになる。実に行動が予測しづらい政治家なのである。
〈トランプ氏がウクライナ戦争から手を引くために、早期妥結に動けば、侵略者であるプーチン氏を利する。北大西洋条約機構(NATO)の米欧亀裂は深まる。/トランプ氏は歴代米政権のなかでネタニヤフ氏と最も親しい。ネタニヤフ氏任せならガザ地区の人道危機は深刻化し中東戦争につながる。/警戒すべきは「二つの戦争」を通じて核の危機が高まることだ。トランプ氏は冷戦終結と核軍縮を導いた中距離核戦力(INF)廃棄条約を破棄した張本人である。/民主世界が試されるのはトランプ氏に取り入るのではなく、世界危機をどう防ぐかである〉(「日本経済新聞電子版」2024年11月22日付)
評者の見解は、この記事を書いた記者とは異なり、徹底的にトランプ氏に取り入ることにより、日本の国益を極大化し、東アジアの平和を維持することを目標にすべきと考える。少し下品なたとえをすると日本の首相が「トランプ大統領、あなたの尻を拭かせてください、必要ならば陰嚢(キンタマブクロ)も洗わせてください」というような低姿勢でアプローチし、日本の利益(例えば日米地位協定の改定)を確保することだ。
もっともトランプ氏にとって現時点での日米関係の比重は高くない。外交で関心が最も強いのはウクライナにどう対応するかだ。
この点を考える上で有益なのがフランスの歴史人口学者で家族人類学者のエマニュエル・トッド氏(1951年5月16日生)の『西洋の敗北』だ。2024年1月にフランス語で刊行された本書は既に21カ国語以上での翻訳が決定している(興味深いことに英語版は決まっていない)。トッド氏は、人類学(広義では歴史学に属する)、地政学に通暁しているが、大胆な近未来予測も行う。近未来予測を専門とするのはインテリジェンス専門家だ。トッド氏には優れたインテリジェンス能力が備わっている。事態がこのまま進捗すればウクライナの敗北は避けられないとトッド氏は断言する。
ゼレンスキー政権の崩壊
〈本書は、ウクライナの反転攻勢が行われた二〇二三年の七月から九月にかけて執筆された。つまりその時点では「未来予測の書」として書かれたのである。しかし今日、ウクライナの敗北は明確になり、本書はより古典的な意味で「歴史を説明する書」となっている。ロシアと比較した場合のウクライナの規模の小ささとアメリカの軍需産業の脆弱さが、私の予測を容易にした。西洋のメディアが絶えず繰り返すこととは逆に、ロシア軍の侵攻の緩慢さについても、大規模動員が不可能だったからではなく、人員節約の意図があったことを踏まえれば、すぐに理解できた。西洋の新聞やテレビは、連日のように、スターリン時代と同じように大量の兵士を大砲の餌食として戦線に送り込むのがロシアの戦略だ、と言い続けた。しかし、この「あとがき」を書いている二〇二四年七月時点で明らかになった真実はその逆で、本書の分析がその点を立証している。ロシア軍は全ての戦線で前進しつつある。(略)直近の目的は、領土の征服ではなく、ウクライナ軍の物質的かつ人的破壊である。ウクライナ軍は兵員不足で、軍備に関してはNATOから十分な供給を受けていない。大部分がアメリカのペンタゴンに操られているウクライナ軍は、ロシア主導のゲームに引きずり込まれ、防衛努力を続ける中で徴兵されたばかりの訓練不足の兵士たちを犠牲にしている。ロシアの計算によれば、そう遠くないある日、ウクライナ軍はキエフ(キーウ)政権とともに崩壊する〉
ゼレンスキー大統領に率いられるキーウ政権が、クリミア半島を含む1991年12月にウクライナが独立した時点での領土の回収に固執し続けると、トッド氏が言うようにこの政権はウクライナ軍と共に崩壊すると評者も考える。
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