7月5日、評者は出張先のテルアヴィヴ市で、元イスラエル政府高官Xと意見交換をした。Xはネタニヤフ首相を個人的によく知っている。また、イスラエル政治史、インテリジェンス史の生き字引的な人物だ。Xによれば、現下イスラエルにとって最大の懸念事項は、イスラエルが人質救出のために武力作戦を仕掛けているハマスではなく、レバノン南部に拠点をもつシーア派武装組織のヒズボラだ。ヒズボラの戦力はハマスの10倍以上あり、レバノン国軍よりも強力だ。さらにイランがヒズボラを全面的に支援している。ガザ地区へのユダヤ人入植を主張する極右派に引きずられて、ハマスとの取り引きができなくなっているネタニヤフ首相を引きずり下ろすことができないのは、その過程に生じる内政上の混乱にヒズボラが付け込んで、イスラエルに侵攻してくる可能性があるからだ。
――Xさん、僕にはよく分からない。極右派を除く政治エリート、軍やインテリジェンスの関係者も、イスラエル国民も、ネタニヤフでは人質奪還もハマスの中立化も出来ないと考える。民意を反映した首相に替えるのが民主主義国イスラエルとしての筋ではないか。
「確かに筋はそうだ。しかし、筋通りに行かない複雑な事情がある。イスラエルもヒズボラもイランも戦争はしたくない。それが核使用を伴う第五次中東戦争もしくは第三次世界大戦に発展するリスクがあるからだ。誰もこんな戦争の火付け役にはなりたくない。ここでヒズボラの気持ちになって考えることが重要だ」
ガラス細工のような均衡
――どういうことですか。Xさんが何を考えているか、僕には分かりません。
「いいか、佐藤さん、ヒズボラは1982年に結成された時点からイスラエルを地図上から抹消し、ユダヤ人を追放することを本気で追求している。ヒズボラに殺されたり拉致されたイスラエル人もいるし、われわれもかなりの数のヒズボラを中立化(この文脈では殺害)した。ネタニヤフ問題でイスラエル世論が二分され、社会が混乱すれば、ヒズボラはこの機会を活かしてイスラエル侵攻を始めなくてはならない。連中の立場からするとそれしか選択肢がない。するとイランとしてもヒズボラを応援せざるを得なくなる。繰り返すが、イスラエルもヒズボラもイランも全面戦争をしたくないので、現下のガラス細工のような均衡を維持することが互いの利益に適っている。これをイスラエルが崩してはならないのだ」
Xは本棚から一冊の英語の本“2034: A Novel of the Next World War(『2034 米中戦争』)”を取り出した。
「佐藤さん、この小説を読んだことがあるか」
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