よかれと思ったことがすべて裏目に出る悲劇『オイディプス王』ソポクレス(藤沢令夫訳)

第140回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
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 米国の首都ワシントンで2月28日に行われたトランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の首脳会談が決裂した。その後も、両者の関係はぎくしゃくしている。欧米や日本のマスメディアはゼレンスキー氏に対して好意的だが、評者の見方は異なる。ゼレンスキー氏が主張するのは戦争継続の道だ。対して、トランプ氏は停戦し、外交によってこの戦争を終結させようとしている。トランプ氏はゼレンスキー氏に対して激怒している。

 この背景にトランプ氏の宗教観があると評者は見ている。トランプ氏の宗教観は長老派(プレスビテリアン、カルヴァン派の一つ)そのものだ。カルヴァン派の特徴は、神は人間を選ばれて救われる者と捨てられて滅びる者に生まれる前から定めているという二重予定説だ。そして、選ばれている者は特別の使命(召命)を持つ。トランプ氏が安倍昭恵氏を通して石破茂首相に渡した写真集にはサインと共に「PEACE(平和)」という言葉が書かれていた。これに象徴されるようにトランプ氏は平和を実現することが、神から課された使命と考えている。カルヴァンの教えでは、神からの使命に背くような行動をした人間は滅びる。その人間が国家の長である場合は、神からの使命に背いた者だけでなく、その国家も滅びる。

 プーチン氏はトランプ氏の交渉に乗ってきた。トランプ氏からするとプーチン氏は神の意に適う「光の子」だ。対して、ゼレンスキー氏はトランプ氏がプーチン氏と交渉することに異議を唱えた。首脳会談で当初、トランプ氏は、ゼレンスキー氏の非難を我慢して聞いていたが、ついに臨界点を超えた。「この野郎は、第三次世界大戦カードを弄んでいる」という認識に至ったのだ。トランプ氏にとって、ゼレンスキー氏は戦争継続を望む悪を体現した「闇の子」になった。「闇の子」を完全に屈服させることが神に選ばれた自分の責務とトランプ氏は考えている。

 3月18日の米ロ電話首脳会談によってロシア・ウクライナ戦争の局面はさらに大きく変わった。戦争を早期に終結させなくてはならないという点でトランプ氏とロシアのプーチン氏は同じ方向で歩み始めた。

〈ロシア側発表によると、プーチン氏は、米国による軍事支援の完全停止を要求し、ウクライナが受け入れを表明した米提案の三〇日間の全面的な停戦案には応じなかった。トランプ氏が三〇日間のエネルギー施設に限定した攻撃停止を提案し、プーチン氏は受け入れて軍に即時停止を命じた〉(「共同通信」3月20日)

プレイヤーではないウクライナ

 首脳会談に関して米ロ両国の発表はニュアンスを含め一致している。発表振りも米ロ両国で綿密に擦り合わせていることがうかがえる。重要なのは、エネルギーやインフラ施設への攻撃について30日間停止するとの提案がトランプ氏によってなされたことだ。これは米・ウクライナ間の30日間の即時停戦案をアメリカが取り下げたことを意味する。この取り下げにあたってアメリカはウクライナの合意もしくは了承を得ていない。今回の合意では、地上戦はもとよりミサイルやドローンによるエネルギーやインフラ施設以外への攻撃は認められるので、ロシアは戦局を優位にすべく、ウクライナに対する攻撃を一層強めるであろう。ウクライナには極めて不利な合意だが、ゼレンスキー大統領はトランプ氏に従わざるを得ない。

 3月5日、ルビオ米国務長官は、「率直に言って、これは核大国間の代理戦争だ。ウクライナを支援する米国とロシアの代理戦争だ。これを終わらせる必要がある」と述べた。代理戦争なので、依頼人であるアメリカに反する行動を代理人であるウクライナがとることはできない。トランプ氏はウクライナを和平ゲームのプレイヤーと考えていない。これは善いとか悪いとかいう価値判断とは独立している客観的現実だ。

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source : 文藝春秋 2025年5月号

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