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行き詰まる40代50代 どうすればモチベーションを維持しながら生きられるのか

宮坂学×角幡唯介 #2

note

35歳から40歳が、人生の最盛期なんだろうなと思った

角幡 『極夜行』にも書いたんですが、35歳から40歳というのが、おそらく人生の最盛期なんだろうなと思ったんですよ。

宮坂 最盛期、いい言葉ですね。

角幡 若い頃って切実に物事を考える傾向があると思うんですよね。それでだんだん年をとってきて、そういうストイシズムみたいなものが薄れてくる。そうすると冒険に必要とされる「生きるとは何か」みたいなことに対しての思いが薄れてきているという実感がありました。おそらく、もっと年齢を重ねると、もっと薄れていってあまり考えたくなくなるのだろう、とも思っていました。感受性だけではなく、体力も落ちてきます。

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 一方で、書くということに対しての技術や旅をすることの経験値は、上がってきているんですよね。上がっているんだけど、どこか経験だけに頼ってしまう人生になるんじゃないかな、とも危惧していました。だから、感受性や体力と、経験がクロスする35歳から40歳くらいに、一番いいものを書かなければならないという思いがあったんですよね。でも今は40歳から50歳が最盛期かなと思い直しています。

角幡さんの著書

宮坂 増えていますね(笑)。

角幡 というのは、2018年の春に北極へ再び行った時、今自分がやりたいと感じたのは「とにかく土地のことを詳しくなって、昔のエスキモーのように自由に犬橇で旅をする」ことなんですね。それを実現するには、犬橇の技術を覚えたり、50歳くらいまでかかります。あとやっぱり40過ぎると、30代の頃のような切実さは薄れるかわりに、自分の行動をより深く、論理的に考察できるようになった。するとその考察が行動にもフィードバックされるし、あとやっぱり探検の経験値が圧倒的に高くなっていますから、これまでなら考えつかなかった常識外れの旅も、今の自分ならできるんじゃないかと現実的に思えてくる。

 実際、僕は今、数年後には犬橇で狩りをしながら2カ月以上、グリーンランドからカナダ北部を旅できるんじゃないかという予感があるんですが、こんなことは3年前まで想像すらできませんでした。それができたら『極夜行』で書いたよりも深いことが、何か書けるんじゃないか。それを追求するとしたら、やっぱり40歳から50歳が最盛期だと(笑)。

相棒の犬・ウヤミリック ©角幡唯介

探検家にとって43歳が「非常にヤバい」理由

角幡 でも年齢的なことで言うと、43歳は非常にヤバい年なんですよ。

宮坂 そうなんですか?

角幡 植村直己さんも43歳で亡くなりましたし、星野道夫さんも43歳で。

宮坂 ああ、なるほど。そういう意味ですね。

角幡 ハセツネCUPの長谷川恒男さんも、河野兵市さんという北極点に単独徒歩で初めて行った方も、最近だと谷口けいさんという女性クライマーも。

宮坂 皆さん、43歳なんですか。

角幡 43ですね。それで僕、2月で43になるんですよね。

 

宮坂 大人しくしていないと(笑)。

角幡 43の年は、自宅でゴロゴロしていようと思ったんですけど(笑)、やっぱりできないんですよね。1年が本当にもったいないんですよ。ワンシーズンを無為に過ごすことはちょっと考えられない。皆、そういう焦りがあるから、というのも理由の一つなのかもしれません。

宮坂 男性の後厄は43歳ですね。

角幡 焦りからくる“落とし穴”があって、死ぬんじゃないか。僕は死にたくないから、ずっとそのことについて分析していて、もうずーっと意識しています。大勢の方が同じ年齢で亡くなっているから、おかしいと思うわけですよ。2~3年前から、「よーし俺はゴロゴロしてるぞ」って思っていました(笑)。でもできずに結局、1月にまたグリーンランドに向かう。宮坂さんは、年齢から来る焦りを感じますか。

宮坂 私の場合、それほどフィジカルを要求されるタイプの業界じゃないので、そこまでではないですね。

角幡 気力的にはどうなんでしょうか。先ほどおっしゃっていた「種目替え」だって、ものすごくエネルギーがいるじゃないですか。だけど、色々成し遂げてしまったり、経済的にも恵まれていたりすると、わざわざそういうことを始める必要はないとも言えますよね。

宮坂 そう言われると、若い頃の爆発的な集中力や持続力は、やっぱりもうないですよね。それは感じます。例えば昔みたいに新しいパソコンを買ったから「隅から隅まで使いこなさなきゃ気が済まない」ということはなくなっていて、「だいたいこんな感じでいいかな」ってやるわけです(笑)。そのたびに、“粘着力”は落ちているな、と思います。これでも一生懸命、気力を振り絞ってやっているんですけどね。

 

角幡 体力は、おそらくそれほど落ちないですよね。トレーニングをすれば、肉体的な体力はある程度維持できると思います。

宮坂 半分にはならないですよね。

角幡 新聞記者を辞めてもう一度ツアンポーに行くことを決めた頃、学生時代から固執していた探検のテーマを追究したい思いがあって、今よりもエネルギッシュで燃えるような感覚がありましたね。当時は勢いがあったから思い立っただけで行動に移すことができたけど、最近はその勢いがなくなっているのを感じます。

 

宮坂 そう。執着する力とか粘着する力というのは、落ちていくんだと思うんですよね。

角幡 やりたい、行きたいという純粋な思いとは別の何かで自分を奮い立たせる必要がある。その意味では、書くというのは僕にとっては大きなモチベーションになっているんですよね。これをやれば、ああいうことを書けるんじゃないかという表現者としての視点もあって、その表現欲求のほうはあまり落ちないんです。