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「クイーン」と「シェイクスピア」の共通点から考える、何が金や人気を生むのか

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の意義

2019/02/10
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ツェッペリンをパクった後が正念場

 ハードロックのバンドならば、初期のアルバムはツェッペリンの真似ごとでもいい。正念場はその後で、どこかの時点で独自のスタイルを打ち出さねばならない。

 クイーンの初期作品で強いオリジナリティを打ち出していると言えるのは1974年の「キラー・クイーン」だ。魅力的な高級娼婦の贅沢な暮らしを歌ったこの曲では、天から振るようなフレディ・マーキュリーのヴォーカルと地から湧き出るようなブライアン・メイのギターにシャンパンの泡のようなピアノが絡み、これ以降のクイーンのサウンドを予告する、芝居がかった艶やかなエネルギーに満ちている。

シェイクスピアが真似た先輩は?

 ウィリアム・シェイクスピアにもレッド・ツェッペリンを真似るフェーズがあった。もちろん16世紀の末にツェッペリンはいないので、シェイクスピアが真似た先輩は戯曲『フォースタス博士』などの著者クリストファー・マーロウだった。

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 マーロウはシェイクスピアと同じ年だったが、演劇人としてのキャリアでは数年先輩で、非常に尖った作風だった。シェイクスピアが最初期に書いた『ヘンリー六世』三部作はかなりマーロウっぽく、マーロウが後輩のシェイクスピアを手伝って書いていたのではないかとも言われている。

ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの「ヘンリー6世」リハーサル風景 ©Getty Images

 シェイクスピアはやがて『ロミオとジュリエット』など独自色のある芝居を作るようになり、長く充実したキャリアを形成するわけだが、一方で溢れる才能を持っていたマーロウは数作を残した後、30歳になる前に刺殺されて短い波乱の生涯を終えた。マーロウが生きていたらそれこそレッド・ツェッペリンくらい有名な劇作家になっていたかもしれないが、そうはならなかった。

作風を象徴する代表曲「シグネチャソング」

 シェイクスピアの場合、ツェッペリンにあたるような才能ある先輩が早く亡くなってしまったので、単独で国民詩人の地位を獲得できたとも言えるかもしれない。どの作家がどれくらい権威を獲得できるかは、運によるところもある。

 音楽には「シグネチャソング」(signature song)という概念があり、これはあるミュージシャンのキャリアを総括する場合、作風を象徴する代表曲としてあげられる1曲を指す。クイーンのシグネチャソングは「ボヘミアン・ラプソディ」だし、シェイクスピアのシグネチャになる戯曲は『ハムレット』だ。どちらも独創的で、複雑で、さまざまなものが詰め込まれた怪物のような大作で、ちょうどいい具合に曖昧でいろいろな解釈ができるので、その謎が人を惹きつける。しかしながら、こうした独創的なシグネチャ作品が出てくる前には、人真似をして試行錯誤する時期があるものだ。