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戦略4: 古典は無料でバラまこう

 子供をはじめとする新規ファンの開拓に有効なのが、無料コンテンツの頒布だ。今はお金がなくても、後々までコンテンツを高く評価し、買い支えてくれそうな若者たちを惹きつけることができる。

 この点、クイーンはかなりうまくやっている。公式YouTubeチャンネルで主要な楽曲のビデオをまんべんなく公開している。『ボヘミアン・ラプソディ』を見た人は、家に帰ってYouTubeを検索して、すぐに楽曲のビデオを楽しめるわけだ。

Youtubeチャンネル『Queen Official』より

 さらにクイーンは楽曲以外のおまけコンテンツとして映画『ボヘミアン・ラプソディ』の関連映像やチャリティ企画で作られたファンビデオなども公開しており、ファンの参加を楽しく促すようなチャンネル運営を行っている。ビデオを見ているうちにクイーンが好きになって、うっかりiTunesでお金を払ってサウンドトラックをダウンロードしたり、アマゾンでアルバムをポチったりしてしまうかもしれない。

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 クイーンの公式チャンネルの登録者数は2019年1月末時点で802万人に達しており、ビートルズ(254万人)の3倍以上で、ロック界の伝説としての地位に安住せず、ベテランのロックバンドとしてはウェブを使った若者向けマーケティングに力を入れているほうだ。

シェイクスピア人気には「著作権切れ」という理由も

 現在、シェイクスピアが人気を保てている理由のひとつとして、著作権が切れているということがあげられる。シェイクスピアはいくら改変しても、二次創作を作ってもお金がかからないし、許諾のことで遺族の財団とモメたりもしない。イギリスやアメリカでスターを使ってシェイクスピアを上演すると一瞬でチケットが売り切れるが、劇作家にお金を払わなくてもよいわけだ。こうしてシェイクスピアはお金を払わずに新たなお金を生み出せる文化資源として活用されている。

「フリーミアム」元祖は「グレイトフル・デッド」

 著作権が切れていない過去の映像などを無料でバラまき、視聴者の楽しいファン活動を促すような雰囲気作りにも気を配っているクイーンは、おそらく古典となりつつある自らの価値を理解して、それに見合った戦略をとっている。

 無料でバラまくと、ある時点から観客が課金を始めてしまうというフリーミアムのビジネスモデルは、そもそも音楽においては1960年代のアメリカ西海岸を代表するバンドであるグレイトフル・デッドが有名にしたもので、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』という本が出ているくらいだ。いかにも商業的で演劇的なクイーンと、ヒッピー的なグレイトフル・デッドはサウンドも哲学も大きく異なるが、どちらも無料でのバラまきや視聴者の参加を促すような雰囲気作りにより、ファン層のアップデートや購買意欲の増進をはかるマーケティングを行っている。

何が金や人気を生むのか

 著者がこの原稿を書こうと思ったのは、クイーンとシェイクスピアが両方とも好きで、強引につなげたかったから……というわけではない(そういうところもあるかもしれないが)。この記事が一番言いたいのは、芸術がどう正典化されるかというプロセスを歴史的に見ていくと、大物コンテンツの受容状況にはいくつか共通する興味深い要素が見いだせることがある、ということだ。

©Getty Images

 昨今、人文学や芸術はお金を生まないものとして軽視されがちだが、著者が研究している正典化や受容というのは、何が金や人気を生むのかという、いささかせちがらいビジネスまっしぐらの分野だ。クリエイティヴ産業を考えるにあたり、受容やマーケティングの歴史を見ていくことはとても面白いし、またひょっとしたら新たな産業や創作につながることもあるものなのだ。

 

参考文献

北村紗衣『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち――近世の観劇と読書』白水社、2018。
デイヴィッド・ミーアマン・スコット、ブライアン・ハリガン『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』渡辺由佳里訳、日経BP社、2011。
バーニー・ホスキンズ『グラム!――真実のベルベット・ゴールドマイン』今野雄二監訳、徳間書店、1998。
Anne Desler, “History without Royalty? Queen and the Strata of the Popular Music Canon”, Popular Music, 32.3 (2013): 385–405.
Bianca Rizzoli, “Fan and Journalist Discourses on the Music of Queen: An International Perspective”, PhD thesis, University of Iowa, 2005.