プロ野球史上初のストライキに発展
もともとがスポーツビジネス、球団ビジネスという経営観念が欠如し、巨人戦の放映権料だけを頼みとした昭和の球団経営の歪みが近鉄の経営破綻という形で露呈。その中で巨人戦の放映権料の恩恵に預かれなかったパ・リーグの球団、特に西武の堤が、巨人戦という美味しい果実を求めて1リーグ制への移行を求めたという構図だった。
もちろん経営サイドも単純な縮小ではなく、3軍制の導入による地方球団の創設などのビジョンも提示しており、そういう意味ではプロ野球が歩むべきもう一つの道を示していた部分もあった。ただとにかく選手を置き去りにし、何よりファンを蔑ろにした計画の進み方は世論の反発を招き、結局はそうしたビジョンが正しく検証される前に1リーグ制は世論という奔流に飲まれるわけである。
最終的に経営側と選手会側の対立はプロ野球史上初のストライキという事態に発展したのちに、楽天の新規参入で2リーグ12球団制の維持という決着を見たのはご存知の通りである。
そうして渡邉は“世紀の悪者”(文藝春秋2004年12月号掲載の本人インタビューより)として野球ファンの敵役となった。
物議を醸したもう一つの“問題発言”
ただ渡邉には、この騒動の中でもう一つ、物議を醸した発言があり、その背景も記憶に留めなければならないと思っている。
「加盟できないんだよ。オレが知らない人は入るわけにはいかない。プロ野球というのは伝統がそれぞれ(の球団に)ある。金さえあればいいというもんじゃない」
これは近鉄とオリックスの合併騒動の最中に買収に名乗りを上げたホリエモンのライブドアに対してこう言い放ち、公然と参入阻止を宣言したときのものだ。
当時は近鉄とオリックスの合併阻止の“白馬の騎士”としてライブドアがもてはやされ、騒動の最中にトレードマークのTシャツ姿で藤井寺球場に応援に駆けつけるなど、堀江独特のパフォーマンスは、渡邉ら守旧派の対極にある経営者の姿として注目された。
もしライブドアの参入を認めていたら……
その中で渡邉は野球協約の球団買収にはオーナー会議の承認が必要とされる規定を盾に参入阻止に動き、飛び出したのが前述の発言だった。
実はこの時点で読売新聞社の社会部がライブドアの様々な不法実態を把握し、同社の球界参入は非常に危険なことを社内的に指摘していた。一部では堀江も身に迫る危険を察知し、社会的に影響の大きい企業を保有することで司直の手が入りづらくするため球団買収やその後のニッポン放送を通じたフジテレビの買収などに躍起となっていたという説もあった。
水面下でそうした危険性を知った渡邉が、公然と違法活動の可能性を指摘できない中で語ったのが「オレが知らない人は」という発言だった。その結果、新規参入球団の審査でも楽天を選択する道筋を作ったというわけだ。
騒動から2年後に粉飾決算などによる証券取引法違反で堀江が逮捕される「ライブドア事件」が勃発。もしあのときに世論の風のままにライブドアの参入を認めていたら……。
“世紀の悪者”渡邉恒雄の言葉が作った、もう一つの球界史でもある。