何のために棋譜を見るのか?
いまやすっかりお馴染みになった「観る将」という言葉。木村王位はご存じだろうか。「言葉はよく知っていますが、その正体はわからない」と語って笑いを誘ったが、会場を埋め尽くした「観る将」ファンは、素早いテンポで繰り広げられる木村王位の噺家のようなトークに夢中になっていた。
そして、解説をするときに心がけていることや、ネットでの対局視聴などの話題を経て、「対局のときになぜ棋譜を見るのか」という話に至る。
木村 対局のとき「棋譜を見せてください」というのは、持ち時間を確認するという意味もあるんですが、その時点で何を読んでいたのかを思い出す意味があるんですね。一手に2時間くらい使われると、1時間前とか3時間前に考えていたことを忘れちゃうんです。そこで棋譜を見せてもらうと、そのときの急所なんかを思い出すんですね。
遠山 それは驚きました。そういう使い方があるんですね。
木村 忘れっぽいんで。違いました?
遠山 それは初めて聞きました。指し手の流れを追うという人は多いですよね。
松本 ペース配分を見るというのは、聞いたことがあります。
――持ち時間の差がつくと焦ったりしますか?
木村 持ち時間の差で焦るってことはないですが、ちょっと別のことで時間が気になりました。王位戦の第1局の大盤解説会が2日目の午後2時から始まるのを知って、あまりペースが早くて、その前に負けたらみじめだなと思っていたら、1局目2時半に負けたんですよ。
(会場笑い)
木村 で、これはいかんなと思っていたんですが、2局目は大盤解説が午後4時スタートになってるの。なんでハードル上がってるの?
(会場爆笑)
大熱戦が繰り広げられた今回の王位戦七番勝負。とりわけ4局目は、互いの王将が相手陣地に入る「相入玉」となり、点数勝負での決着も視野に入った末に285手で豊島王位が投了する長手数の対局となった。
この対局を振り返り、「大変なのは、記録の方なんですよ。トイレとかね。あのときの彼は行かなかったんですよ。でも、あとから聞いたら、くしゃみをしたら終わりだと思っていたみたいでね」と木村王位が“秘話”を明かすと、会場は笑い声に包まれた。
王位戦の振り駒と飯島七段の本
――王位戦の最終局、運命の振り駒がいつもより念入りに振られていたように思いましたが、あのときはどういう気持ちでご覧になっていたのでしょうか。
木村 どちらになってもいい。どちらかといえば先手ですが、運命と思ってあまり気にしないようにして見ていなかった。それで歩が4枚で後手。やっぱりそうかと思いました。
松本 先手だったらどうしていましたか?
木村 先手なら相掛かりでした。
松本 やっぱりそうでしたか。
木村 相掛かりといえばね、飯島栄治(七段)っていうのが、相掛かりの本を出しましてね(『相掛かり▲6八玉型 徹底ガイド』(マイナビ将棋BOOKS))。あれがけっこう丁寧な本でね。ところがあれ読んだ次の日に、あの本に出ていることをやったら負けちゃったんですよ。竜王戦の挑戦者決定戦の第1局のとき、早く負けたでしょ。あのとき(本と)違う手を指されたときはびっくりしましたよ。俺、本読んできたのに……うまく行ってないような気がするよ。
遠山 飯島先生はツイッターで「夢でもみてるのかもしれない」と喜んでましたよ。
木村 こっちはたまらない現実でしたよ。
(会場爆笑)
木村 ただ、彼の本は丁寧なところまで書いているいい本ですから、ぜひご一読いただきたいと思います。