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小説は人間を理解するためのもの

――婚約者がいるのに、クラシック・ギタリストの蒔野と惹かれあう国際ジャーナリストの洋子。魅力的なヒロインでした。

平野 日本の近代文学に出てくる女性像とは違った、活動的で聡明な女性を描きたいと思いました。洋子は、イラクで果敢に取材を続けて自爆テロに巻き込まれかけた彼女と、婚約者と過ごす彼女、母や父といるとき、蒔野と会話が弾むときで、性格を描きわけています。洋子自身は、蒔野と一緒にいたときの自分が、もっとも幸福だったと思うんですね。

 

――平野さんの「分人主義」ですね。人間は複数の分人を抱えていて、そのすべてが「本当の自分」である。

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平野 「分人主義」はもともと、小説を書くために考えついた概念でした。小説は人間を理解するためのものだから、小説のために必要な概念は、結局、人間を把握するために必要になってくる。

 たとえば『アンナ・カレーニナ』は恋愛小説には収まらない大きな社会的テーマを扱っていますが、ものすごく分人主義的な小説です。アンナは夫といるとだんだん不機嫌になっていくけれど、愛人と一緒にいると幸福感に満たされる。しかしやがて、分人の比率が崩れ、変容していく。

 一人の人間がいろいろな顔を持つことを小説に描くときは、注意しないと、ちぐはぐな印象を与えてしまう。でも、うまく書けると、多面性を持った深みのある、非常に人間らしい人間が描けるのではないかと思います。トルストイは実に巧みですね。

 

「クラシックギターに取り組む福山雅治さんの姿勢に感銘を受けました」

 続いて赤ワインが運ばれる。パリのレストランで再会した蒔野と洋子が、ボルドーのカベルネ・ソーヴィニョンを飲む場面にちなみ、凛とした味わい。平野さんも「重すぎず、かっちりしていて美味しいですね」と表情をほころばせた。

――そういえば平野さん、映画に出てきたレストランにいらしたそうですね。

平野 今年の初め、ブリュッセルのブックフェアの帰りに、パリに寄ったんです。コルクの佐渡島さんが「映画に使われた店なんです」と予約してくれて、二人で記念写真まで撮りました(笑)。感じのいい店で、美味しかったですよ。