「ひどいじゃないですか! もう絶交です!」
やがて小沢氏は民主党を離党、「国民の生活が第一」などを結党していき、三宅氏は当然のように行動をともにした。2012年衆院選で、三宅氏はいわば小沢氏の“鉄砲玉”となり、野田佳彦首相(当時)の千葉4区へ国替えする。週刊誌なのでスクープとはならなかったが、いち早くその情報も教えてくれた。
ただ苦戦を強いられ、『週刊文春』恒例の選挙予測では、三宅氏は劣勢を示す「無印」。
それを読んだ三宅氏は激怒。私に電話でこうまくしたてた。
「ひどいじゃないですか! 情勢調査では結構いい線行ってるんですよ。もう絶交です!」
結果は、比例復活もできない惨敗だった。
議員バッジを外した三宅氏は、その後も何食わぬ様子で電話をしてきて、「絶交」とはならなかった。
三宅氏はいわゆるバブル世代。豪勢な食事が好きだろうと、慰労をかねてレストランに招待しようとすると、「安いところにしてください」と店に頓着しなかった。大けがの経験からか、酒も呑まなかった。
一方で議員時代から内包していた「面倒くささ」は加速していった。
暇を持て余しているのだろう。電話が長い。こちらが電話をしていい状況か聞くこともなく、突然本題に入る。「いいネタがあるんですけど」と切り出すので、話は聞くが、たいていネット情報だ。30分ほど、一方的に話されたこともある。
朝8時ごろに電話がかかってくることもあった。「朝5時には起きてるから、これでも待ってから掛けてるんですよ」と悪びれる様子はない。
国政復帰への並々ならぬ執念を感じた
とりわけ2015年4月、小沢氏率いる「生活の党」から離党する時は、私に延々と“被害”を訴えた。
「小沢さんは悪くないが、周りの秘書が悪い。私はブロックされている。小沢さんは騙されているんですよ」
「小沢さんの支持者からツイッターで脅されている。殺人予告もされています。これ記事にして、止めてもらえませんか」
その頃から「被害者妄想」の傾向が出てきたように感じる。
「ストーカーに遭っているんです。これ、いずれ大事件になるから文春さんは取材すべきですよ」
あげくに夜、泣きそうな声で「助けて! 追われてるんです」と電話をしてきたことがあった。「警察に言った方がいいですよ」と応じると、「そうですか……」と悲しそうに切るのだった。
昨年夏の参院選では立憲民主党からの出馬を模索していたようだ。それはかなわなかったが、その反動からか、ある公認候補の悪口を言ってくるようになった。
「〇〇さんはとんでもない詐欺師。よく枝野(幸男・立憲代表)さんが許しましたね。あの人は取り入るのがうまいから、どうせ汚い手を使って公認とったんでしょう。なんで記事にしないんですか」
私が最後に三宅氏を見かけたのは、昨年7月の参院選最終日、立憲民主党の塩村文夏氏の演説会場でのこと。三宅氏は応援団を買って出たようで、スマホで演説の様子を撮りまくっていた。国政復帰への並々ならぬ執念を感じた。その悲壮感漂う姿に、私は声をかけることができなかった。
2018年1月に亡くなったアナウンサーの有賀さつきとはフジテレビの同期で、若い頃はよく連れ立って、ゴルフなどに興じていたという。今頃、有賀氏と再会しているだろうか。
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