精神的に未分化だった2人がそれぞれ独立した存在として生き始めるまで
――ミステリー作家にして「大人を卒業」宣言のお母さんはどんなイメージですか。
青山 双子とあの森の家に住んでいるのは誰だろうと考えたとき、「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家に住んでいる魔女みたいなイメージがわいたんですね(笑)。だからお母さんが「卒業する」宣言したのも、なんでしょう、魔女になるためだったのかもしれません。子どもの自立を促すため、とかではなく、家の中でお母さんは今までとはちょっと違う生き方をするね、という感じだと思います。私ももしも50歳くらいであのくらいの子どもがいたら、これくらいのぐうたら加減になるんじゃないかと想像できます。また昔の私の話になってしまうのですが、『おちゃめなふたご』シリーズを卒業したあとはアガサ・クリスティーに夢中になったので、お母さんをミステリー作家にしたのは、これも子ども時代への呼びかけのようなものです。
――じゃあ、ポワロみたいな探偵が出てくる話を書いているんでしょうか。
青山 いえ、このお母さんが書きそうのは11歳の子どもたちに読ませられないくらい、猟奇的で、不条理で、いっぱい人が死ぬのに犯人が分からない、とかそういう話だと思います(笑)。
――えええ、意外だ(笑)。でも、ハッチとマーロウはあだ名ですが、「マーロウ」は、チャンドラーの小説に出てくる探偵、フィリップ・マーロウからとったそうですね。ちなみにハッチはアニメの「みなしごハッチ」から。
青山 「ハッチ」と来たら「マーロウ」と自然に浮かんできたので、そこは音だけで決めました。わたし自身はチャンドラーを愛読していたわけではないんですが、このお母さんは「みなしごハッチ」もチャンドラーも好きだろうなと思います。
――何かと面倒を見てくれる近所のおじちゃんとおばちゃん、東京からやってくる編集者のやみくもさん、行動が大胆な転校生のエリーたちが登場し、後半は双子のお父さんは誰かという問題も出てきます。登場人物たちは最初から頭にあったのですか。
青山 だいたいあったんですけれど、想定とは違う感じの人になったり、結局は書かなかった人もいます。転校生のエリーは『長くつ下のピッピ』のピッピみたいな、破天荒で元気のいい子になりましたが、それも彼女の登場シーンで黒板にバーンと「皆川英梨」という名前が書かれた時に、彼女がどういう子なのかイメージが一気に湧いた感じでした。そうやって具体的な細部を書き連ねていくうちに、私自身もそこにいる人たちが呼吸をして生きているように感じられるようになってきます。
――1年間の話ということは決めていたんですか。
青山 はい。1年間ということは最初に決めてあって、その中で3月はファッションについて考えるとか、4月は転入生が来るとか、大まかな出来事を順番に決めていきました。最初のうち、ハッチとマーロウは精神的にはちょっと未分化です。ふたりだけどひとりのような存在から、1年かけて最終的にふたりの繋がりは保ちながらも、それぞれ独立した存在として生き始めてくれたらいいなと思っていました。ただ、すでに決まっている理由と結果ばかりを頼りに書くと、私自身もその話を信じられません。なので多少順番はおかしくなっても、双子が生きている時間の流れに忠実に、二人が生きていく力を信じて書いていこうと思っていました。