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特集観る将棋、読む将棋

2020/02/14

プロになれる人となれない人の差

――それで二段のまま5年になってしまった?

知花 奨励会に入った頃の情熱がなくなってダラけてしまいました。でも、それは自分だけでなく、奨励会員にはよくあることだと思います。ずっと情熱を持って頑張り続けるのは、本当に難しい。それができる人がプロになるのですけれど。

――そこがプロになれる人となれない人の差ですか。他に差はどんなところにあるのでしょう。

知花 プロになる人は、自分で相手を見つけて研究会とかしています。自分は誘われたら指すだけでした。星野良生四段にも教えてもらっていたことがあります。自分が前と同じ悪手を指したりすると、「それは前もやったよ」と指摘され、意識が全然違うんです。

――1人でできる勉強は身が入らない? ネット将棋はどうでしたか。

知花 将棋倶楽部24はやっていて、レーティングは最高3000くらいでした。でも、情熱が冷めると考えずに1秒で指してしまったり……。入会時と退会時を比べてレーティングが伸びてなかったです。

 

制限間近、26歳の誕生日に三段に昇段

――三段には26歳の誕生日に上がりました。二段の最後は7連勝する以外は年齢制限で退会になるという状況で昇段しています。奨励会の年齢制限は26歳ですが、制限間近で三段に昇段するような場合でも最低5期は在籍できるルールで、当時、知花さんに適用されたことが話題になりました。

知花 年齢制限が近づいてもやる気が出ず、26歳まであと2か月くらいで4連敗。退会が決まったと思い、奨励会幹事の先生に挨拶に行ったんです。そしたらまだチャンスはあり、10月の例会がちょうど自分の誕生日で「その日にちょうど7連勝で三段に上がれる。1敗でもしたらアウト」と言われました。4連敗の前に7勝1敗があって、それと7連勝を合わせれば14勝5敗の昇段の星になるということでした。

 帰り道、最後くらいは頑張ろうと思いました。でも、1人ではまたダラけそうなので、道場で知り合って応援してくれていた人に頼んで、一緒に勉強してもらうことにしました。可能なときは毎日、仕事帰りに私の家に来てくれて一緒に棋書を読んだりしました。その方は強いわけではない。ただ「やるぞ」と声をかけてくれるだけで助かりました。

 6連勝の次は渡辺和史現四段戦でした。苦手な相手で「次は当たるかな」と予想していました。それまで、対策なんてしてこなかったのに、渡辺さんの得意な形を研究して7連勝することができました。我ながら名局だったと思います。

――7連勝の陰にはそんなサポートがあったのですね。

知花 三段に上がってからも家に来てもらえれば良かったのですが、仕事もあるし、そうはいかないですよね。さすがに断られてしまいました。また、ダラけるようになってしまって。

――1人ではダラけてしまう自分のことをどう思いますか?

知花 ダメですね。1人でも頑張らないといけないのですが、今でも、自分をやる気にさせてくれるコーチが欲しいなんて思っています。逆に、自分ができなかったからこそ、奨励会員の教え子にコーチができればとも思います。