別れの瞬間までに家族の気持ちの安定を図ることが必要
そして、最後の別れの瞬間が訪れる。医師は、患者の枕元に家族と繋がった電話をそっと置き、電話の向こうにこう声をかけるのだ。
医師「もう電話を耳元に置いていますので、準備ができたらいつでも声をかけてあげてください」
そして家族は思い思いの言葉を患者に伝えるのだ。
「家族が落ち着いて会話ができるような状況を、この場面までに整えておくことが大事です。家族がどれほどのショックを受けているかを受話器越しに汲み取って、まずは不安な感情を時間をかけて聞く。それによって家族の気持ちの安定を図ることが必要なのです」(同前)
家族「ありがとうございました。全て伝えました」
医師「ご家族にとってどれだけ大切な方だったかよくわかりました。最期に立ち会えて光栄です」
家族「いろいろありがとうございました」
また落ち着いた頃に電話を入れると医師が伝え、シナリオは終わる。
電話越しでも「別れを告げられた」という事実はとても重要
新型コロナ患者と家族の最後の別れの様子について、バック医師はこう語る。
「患者が家族と電話でやりとりすると、声は聞けていて涙目になる人がいたり受話器に向けて耳を近づけるといった様子が見られるんです。まるで家族が部屋の中にいるような反応をされる方もいらっしゃいます。
家族側にとっても、たとえ電話越しにでも『別れを告げられた』という事実は今後を生きる上でとても重要です。時間をかけて大切な人の死を受け入れ、悲しみを癒していく過程において欠かせないプロセスのうちのひとつです」(同前)
肺炎に苦しみながら、死ぬまで家族と話せず孤独のなか死んでいく患者。そして直接別れを告げられず、大切な人を失う家族。亡骸との対面や葬儀、周囲の人に話を聞いてもらうなど、深い悲しみを受け入れる上で重要なプロセスを、新型コロナウイルスは奪う。日本国内の新型コロナ感染者は今なお増えている。死に目に会えない“コロナの看取り”についても、具体的に考える時期に来ているのかも知れない。