そして5月14日付夕刊(13日発行)。東朝は事件の拡大を社会面トップで大々的に報じた。「凄惨!毒魔蹂躙の濱松 相次ぐ死者・已(すで)に三十八名」の横見出し。「疑問は遂に重大化 猛毒混入の怪事実 誤入か・計畫(画)的か」「激毒を裏書する症状」。これらの見出しで分かるように、報道は一気に、何者かが毒物を混入させた犯罪の疑いが濃いとの論調に。しかし、犠牲者の中学生の遺体を解剖した名古屋医大の小宮教授は「何事も申し上げられません」としか答えなかった。
同じ5月14日付夕刊で東日は“容疑者”を登場させている。「恨みの毒物混入? 元雇人留置さる」の見出し。「(浜松検事局は)13日払暁に至り、問題の大福餅を作った浜松市鍛冶町、菓子商三好野の元雇人有田寅雄(27)=仮名=を有力怨恨関係者として検挙、留置した」。記事によれば、この男は4月下旬に臨時雇いとして働き始めたが、「泥棒のぬれぎぬを着せられた」と憤慨。「4月30日、突然暇をとり、『この後始末は自分でやる』と放言していたといわれている」。また、「鉱物性毒物と決定」という見出しで、犠牲者の遺体を解剖した小宮教授が死体検案書を検事局に提出したと報じた。「鉱物性毒物であることは決定したが、その毒物が何物であるかは目下判然とせぬ」と。同記事によれば「13日午前11時までに判明した中毒患者1596名、うち重症患者100余名、死亡者36名に達した」という。数字は終始各紙バラバラだ。
5月14日付朝刊。東朝は「第三師団軍醫(医)部 濱松市へ急行 刑事八方へと飛ぶ」の見出しで、第三師団が軍医正ら18人を現地に派遣したことを報じた。面白いのは「浜松警察署では、当初以来刑事眼をもって事件に臨み、13日のごときは朝来異常の緊張を示し」、参考人として元コックほか13人を取り調べたと書いていること。別項で齋藤・静岡県知事が内務省へ報告に向かう列車の中で「毒物混入らしい」と語っていることと併せ、大量殺人事件との見方を強めて捜査と報道が過熱したことがうかがわれる。
「過失ではないかとの説が有力だ」
しかし、同日付朝刊の東日は「急派の本社救護班 直ちに活動開始」の見出し。「東日医局の医学博士」ら医師5人と看護師らを派遣したという“自社ネタ”だ。千人規模の患者の発生で、現地は医師不足に陥り“医療崩壊”が起きていた。新聞社に「医局」があったのにも驚く。ただ“本筋”の事件報道は朝日とだいぶトーンが違う。三好野の作業工程を紹介して「毒物混入のため外部から侵入することは非常に困難とみられている」と報道。齋藤知事の談話も「過失ではないかとの説が有力だ」となっている。同じタイミングで取材したはずなのに、どうしてこれだけニュアンスが違うのか。
注目は「軍醫学校でも急派」の小見出しの短い記事。「東京陸軍軍医学校では、浜松衛戍病院から13日早朝、大福中毒で収容中の兵士患者の吐瀉物及び食い残りの大福餅を送って来たので、防疫学教室の平野教官、薬学教室の草味教官は毒物の検出に努めている。一方、同日午後11時20分東京駅発列車で防疫学教室・北野二等軍医正、内科学教室・岡田三等軍医正は浜松に急行した」。「草味教官」とは、七三一の資材部第一課長を務める薬剤の専門家・草味正夫だ。