『「自閉症」の時代』(竹中均 著)講談社現代新書

 デビュー歌集にこんな短歌を入れたことがある。

 自閉とはむしろ自開だ
 秒ごとに傷つく胸を
 風に晒して
さよならバグ・チルドレン

 私は発達障害の当事者だ。そして「自閉」という言葉は、当事者の実感から程遠い。「閉じている」という感覚を持ったことは一度たりともない。むしろ、困るくらい開きっぱなしというのが実感だ、という思いもあってこの歌を書いた。アルバイトも受からないどん底の時期だった。

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 本書は、「自閉症」的な傾向を持った人々によって築かれてきた文化を論じた本である。まず出てくる名前はスティーブ・ジョブズ。その後も伊藤若冲、グレン・グールド、ルイス・キャロルといった、独自の精神世界を構築した人々の名前が続々と登場する。

 当事者の一人として、序盤の読み心地は決して良いものではなかった。「自閉症」だからといって必ずしも特別な才能に恵まれるわけではない。一部の成功例だけ取り上げて、自閉症者のリアルな苦悩に寄り添ってくれない言論には、これまでもうんざりさせられてきた。しかし「自閉症」独特の精神性の分析に入ってから、急激に面白くなる。

 まず、空間把握の独特さ。全体の把握よりも部分の把握に執着を見せ、錯視を起こしにくい。シャーロック・ホームズを代表とする初期の名探偵たちは、人間的要素を全て捨象して空間を観察する能力を発揮する。これは自閉症的空間把握の方法であり、ホームズの生みの親であるコナン・ドイルにもみられた傾向だった。

 次に、反復。同じことを繰り返し続けるのを苦としない。アンディ・ウォーホルの無個性なイメージの複製や、エリック・サティ『ヴェクサシオン』の極端な反復を、自閉症的傾向の表出と見る。そしてデジタル時代の到来により、この反復性はますます加速している。

 3つ目に、複数の仕事に同時に取り組むのが苦手なかわりに、一つの仕事への集中力が高いというモノトラック傾向。自閉症者の性質をよく表現した作品としてたびたび引用されるのが、村田沙耶香の小説『コンビニ人間』。コンビニの労働を天職とする主人公の「部品として世界に没入したい」という発想は、自閉症的だ。

 著者はこれらの特徴を病理ではなくあくまで精神性として捉え、そこから生み出されてきた文化的潮流を捉え直そうとする。

 自閉症は最近急激に増加したわけではない。近代以降に社会構造が変化し、反復的な仕事や活動が減少していったために相対的に浮かび上がっただけだ。部分を無視して過度に全体化を求め、反復を嫌い、マルチトラックを過大評価する現代社会のあり方こそ、実は「病的」なのかもしれない。「自閉症的文化」は、変わらなければいけないのに社会変革から目を逸らし続ける定型発達者たちの、本当の「自閉」を暴こうとする。

たけなかひとし/1958年生まれ。専門は理論社会学、比較社会学。早稲田大学文学部教授。著書に『自閉症の社会学 もう一つのコミュニケーション論』『精神分析と自閉症 フロイトからヴィトゲンシュタインへ』『自閉症とラノベの社会学』など。
 

やまだわたる/1983年、北海道生まれ。歌人。著書に歌集『水に沈む羊』、エッセイ『ことばおてだまジャグリング』などがある。

「自閉症」の時代 (講談社現代新書)

竹中 均

講談社

2020年5月20日 発売