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東浩紀「批評家が中小企業を経営するということ」 アップリンク問題はなぜ起きたか

東浩紀インタビュー #2

2020/07/25
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アップリンク代表のパワハラ問題

――話を戻しますが、文化事業を行う中小企業といえば、映画配給会社のアップリンクの代表によるパワハラ問題が明るみに出て、話題になりました。

 アップリンクについては報道でしか知りません。ハラスメントが注目を集めていますが、経営者としては労基法の問題も気にかかりますね。残業手当や深夜手当もなかったとか。

――ブラック企業を批判するリベラルな人が、自分の会社ではブラックな経営をしていたりする。そういう矛盾があるからこそ、東さんは、自分の会社ではちゃんとお金を出しているし、そこに社会的な意義があると以前おっしゃっていました。

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聞き手・辻田真佐憲さん

 うちは残業手当も深夜手当もつきます。ゲンロンは出勤時間が自由なんで、夜型の編集者とかじゃんじゃか深夜手当がつくんだけど、それも払ってます。だからこそ、逆にちゃんと採算を考える。

 やりたいことが先にあって、お金がなく、結果として人件費を出せないというのはよく聞く話ですが、そうならないために法律はあるんだと思います。これはぼくの実感でも思うことで、きちんと給料を払っていると、全社員を集めて何時間も説教なんてことをやらなくなる。なぜかと言えば、そのぶん社員に時給が発生し、自分が損をするから。ハラスメントをなくすためには、「ハラスメントをしてはいけません」みたいな標語を掲げても限界があって、ハラスメントをするのが損であるような構造をつくるのが一番です。

高校・大学時代は『朝生』の最盛期

――東さんにとって、中小企業経営の原風景が赤坂の内装業にあったとすると、読書や哲学との関係ではどうでしょうか。731部隊を描いた『悪魔の飽食』を小学生で読まれたそうですが、子どもの頃に読んで影響を受けた本など気になります。

 本を読みだしたのは早くて、小学校にあがるころはもうカッパ・ノベルスを読んでいました。小学校後半から惹かれ始めたのは小松左京です。ぼくがいまでも雑学に詳しかったり、科学ニュースが好きだったり、京都学派に関心があったりするのは全部小松左京の影響です。高校のころは新潮文庫の海外文学を端から端まで読んでいた時期があって、文学ならドストエフスキーやカミュとかを読んでいました。

 

――テレビも普通に見ていましたか?

 ぼくの高校・大学時代は『朝まで生テレビ!』の最盛期でした。一時期は毎月のように見ていました。田原さんはもちろん、のちに舛添さんや西部さん、猪瀬さんらとお会いした時は、テレビで見ていた人たちなので感激しました。いまゲンロンカフェを経営していますが、論壇とはしゃべるところだというぼくの感覚のベースは『朝まで生テレビ!』が作ったように思います。

――ちなみに『朝生』に出ていた人たちの本って、当時読みましたか?

 読みました。西部さんの本も読みましたし、とくに猪瀬さんの『ミカドの肖像』は面白かった。ぼくがいわゆるポストモダニストたちと大きく違うのは、ぼくの教養というか知識の背景が、『朝生』のような出版・放送ジャーナリズムによってかなり作られているところです。ポストモダン的な本も読んでいましたが、そうでないものもたくさん読んでいた。若いころは、乱雑に色々なものを読むって大事なことだと思います。