国会議員、大臣、政党の代表、東京都知事と政界を駆け抜けてきた舛添要一さん(70)。盟友・菅義偉氏、森オヤジ、「東大以外は大学ではない」と言って怒らせた麻生太郎氏との交友から、参院選後の日本の政治まで語ります。聞き手は、近現代史研究者の辻田真佐憲さんです。(全3回の3回目。#1#2から続く)

舛添要一さん

安倍首相から「お願いします」「辞めました」2回だけの電話

――舛添さんが政界入りされたのは、2001年夏の参院選ですね。参院選の2期目(2007年)には、第一次安倍政権の厚生労働大臣に任命されます。当時の安倍首相とは、任命と首相辞任のとき、2回だけ電話で話したそうですね(『舛添メモ』)。

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『舛添メモ』ほか、舛添氏の著書

舛添 「お願いします」「すいません、辞めました」。それ以外は全くなかったですね。

――今に至るまで何も?

舛添 いやいや、その後はもちろんありますよ。 電話でも話しています。

――直接会って会話したり、食事をしたりというコミュニケーションはあまり取らない人物ということなんでしょうか。

舛添 いえ、そうでもないです。あの人は、気に入った人としかごはんを食べないですね。首相動静を見ていれば分かるけど、いつも同じ人と飯を食っているという感じがします。だから、石破(茂)君をはじめ、石破派の連中は干されちゃって絶対大臣になれないわけですよ。周囲にいる人がごますりのお友達ばかりになってしまったのは問題だと思います。

 

――人間関係が狭いということなんですかね。

舛添 そういうわけでもないと思うんですよ。彼は父・安倍晋太郎さんの秘書もやっていたし、岸ファミリーの後ろ盾があるから。それよりも、「安倍一強」になりすぎたことに問題があると思います。石破君、岸田(文雄)君がみんなもうちょっと頑張って、昔の三角大福中のような切磋琢磨をしていかないといけない。安倍政権はかつてないほどの長期政権になりつつある。私は官邸にしょっちゅう出入りしていましたし、菅(義偉)のこともよく知っていますが、今は「官邸貴族」がふんぞり返って全部決めているように見えますね。経産省出身の今井(尚哉)君なんかそうだけども。