一例として眞鍋准教授が挙げてくれたのが、阪神の藤浪晋太郎投手の2016年のキャンプ中の映像だ。テレビのスポーツニュースでは藤浪がキャンプで50mを5秒79という日本記録に近いタイムを出したことを報じ、その俊足ぶりをほめたたえている。
「これは映像を解析すると明らかに1歩目でストップウォッチを押す『タッチダウン方式』の計測なんですよね。実際に映像から解析してみると、記録は6秒6程度でした。そう考えると、“5秒79”という記録は極めて妥当です。ここにタッチダウン方式と電気計測分の差である0.87秒を足せば6秒66ですから。
でも、『藤浪選手が5秒79で走っている』と聞けば、野球界の皆さんは『100mでもだいたい10秒5とか6とかでは走るだろう』と本気で思ってしまう。私の周りの野球人を見ても『桐生(祥秀)君には勝てないけど、インカレ選手くらいなら勝てるんじゃない?』という風に言われることも多い。でも、やっぱりそれは現実的にはなかなかありえないんです」
測定の差が選手たちに与える不利益とは
そしてこの結果は、選手たちに大きなマイナスを生んでいる可能性を示唆している。
「例えば50mを測って『5秒8』という記録が出たとしたら、中には本当に電気計時でも5秒8で走れている選手もいれば、実際は電気計時だと6秒5とか6とかかかっている選手もいる。その両選手が同じ記録になってしまっているのが現状なんです」
それはつまり、仮に陸上競技の日本記録に近いような走りができるアスリートが野球界にいたとしても、彼らの評価はその他の「5秒8」を記録した選手たちと変わらなくなるという事態に繋がる。実際の記録の価値が判然としなければ、選手にとってもそれは決して良いこととは言えないだろう。
正確な記録が測定できれば、仮に競技に行き詰った時に、それをもとに他競技へとチャレンジしたり、より適切なポジションに挑戦をするといったことができるはずなのだが、そのチャンスを逸する一因にもなっているのではないだろうか。
「例えばゴール地点に記録員が立って映像を撮って、その記録を計測するだけでも正確な数値は出せるんです。そうすることで選手も自分のスピードが持つ価値をより理解しやすくなるのではないでしょうか」
では、なぜ50mという距離に関して、これほど野球選手が「速い」イメージができてしまったのだろうか? その秘密は、球技と陸上競技の走り方の違いにあるのだという。