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【野村】世間で悪妻と呼ばれたサッチーは、私の最良の妻

「女を取るか、野球を取るのか」──私が南海のプレーイング・マネージャーを解任される前、球団フロントからそう迫られました(77年シーズン終了後)。

 沙知代が現場介入をしているとの疑いをかけられたのですが、私は柄にもなく格好いいセリフを吐きました。──「恥ずかしながら女を取ります。仕事はいくらでもありますが、沙知代は1人しかいませんから」。

 しかし、阪神監督も沙知代の脱税容疑で辞任。女房のせいで2度職を辞したのです。

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 沙知代とは再婚同士ですが、出会ったころ、英語を流暢に話す彼女は「コロンビア大卒」「社長の娘」と言い張りました。本当は福島の農家の娘です。

 怒鳴りつけてやろうと何度思ったことか。でも、別れようと考えたことは一度もありません。彼女のあの口グセを聞くと不思議に安心したのです。

「何とかなるわよ」

 倒れた日、119番に電話しました。やってきた救急隊員は言いました。

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最後の一言は「手を握って」

「もう手の施しようがありません」

「サッチー、サッチー」。返事はありませんでした。

 思えば、沙知代が亡くなった日の朝、彼女が突然言ったのです。

「手を握って」──そんなことを言われたことは、あとにも先にも一度きり。あのとき何を思っていたのか。世間からは「悪妻」と呼ばれたが、それは夫である私が決めること。沙知代は最良の妻でした。

「野村克也-沙知代=0」。何もする気が起きません。事務所からしばらく仕事をキャンセルしましょうと言われましたが、いただいていた仕事はすべてこなしました。

 仕事をすることで、沙知代のいない寂しさを忘れたのです。

 収入のことはすべて彼女任せ。彼女は貴金属が好きでしたが、遺品整理は息子夫婦に委ねました。私は物に執着がない。彼女の位牌ひとつと思い出さえあればいい。

〈結論〉

 失って初めてわかった「大切なもの」。妻であり、子であり……。仕事で寂しさを紛らわせた。

夢中力 (光文社新書 1091)

堀江貴文 ,野村克也

光文社

2020年10月14日 発売