94年危機を思い出す
「94年危機の時には大人がコメだ、ラーメンだ、水だと買い占めていたことを思い出しました」。こう話す30代の会社員もいる。
94年危機とは、「ソウル火の海」発言で知られる、朝鮮半島第1次核危機のことだ。この時IAEA(国際原子力機関)の特別査察を拒んだ北朝鮮が実験炉から燃料棒を抜き取り、事態は緊迫。当時、米クリントン大統領は北朝鮮の核施設の空爆破壊を計画に入れた。これに対し、北朝鮮は「米国の核施設空爆には38度線からの砲撃でソウルを火の海とする」と口爆弾を飛ばし、抜き差しならない状態にまで進んだ。この状況に、韓国では非常食をはじめ防災品を買い占める人が続出したという。
この第1次危機では、あわやのところで、当時の韓国の金泳三大統領が空爆中止を米国に要請。米国からはカーター元大統領が特使として北朝鮮に飛び、故金日成国家主席と対話し、危機は回避された。
94年の危機から23年。再び緊張が高まっている。
高まる核保有論
しかし、世論調査会社「韓国ギャラップ」の北朝鮮の核についての調査(9月8日)をみると、「北朝鮮が実際に戦争を起こす可能性がある」と考えている人は37%と低い。94年の危機前後には「北朝鮮が戦争を起こす可能性がある」とした人は50~69%いたが、そこから緩やかに減り、2006年10月9日に北朝鮮が初めて核実験をしたときに一時50%を超え、その後は下降線をたどっている。米国による北朝鮮への先制攻撃にも反対する声のほうが多かった(賛成33%、反対59%)。ただ、北朝鮮の「6回目の核実験が朝鮮半島の平和において脅威」とするのは76%と高かった。また、この調査で目を引いたのは核保有論が高まってきていることだ(60%。2016年9月から2ポイント増)。
冒頭の全国紙記者が言う。
「韓国では北朝鮮の脅威について慣れっこになっているところもあるし、楽観的に見ているところもある。それに戦争はないだろうと思いたい気持ちも強い。それが世論調査の数字に表れていると思いますが、何が起こるか分からない不安はいつも片隅にあります。
核保有論については、米国で『北朝鮮の核保有容認論』や『戦術核の韓国への再配置』が言われ始めて、韓国の保守派が(韓国の)核保有へ積極的に動き出していて、進歩派の中にも論議すべき時だという立場の人が出てきています。これからますますこのイシューが高まるでしょう」
保守派の中には、少数だが、こう話す60代後半の男性もいた。
「北朝鮮に何度もミサイル発射実験をされても文大統領が『対話』を持ち出していて恥ずかしくてしょうがなかった。ここまで韓国人の危機感が鈍ったのは、歴代政権がきちんと危機感を植えつけてこなかったからです。韓国は5000万人の人質を北朝鮮にとられているようなもの。米トランプ大統領は、先制攻撃した際の死亡者数を推定したと聞きましたが、いくらかの犠牲を払ってもここで北朝鮮を叩くべきで、韓国も核を保有すべきです」
先出の50代の主婦はぽつりとこんなことを漏らしていた。
「戦争が起きるかもしれないといわれても、ここが故郷だし、逃げるところもないから、できるのは備えることぐらい」
どこかで聞いたような言葉だと思ったら、東京に住んでいた頃、「地震への恐怖はないのか」と韓国の人に聞かれて筆者自身が答えた言葉と同じものだった。