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「悪女の深情けで身を滅ぼした旦那みたいに」

 若いころの特捜検事としての黒川をよく知り、黒川を「特捜部長にしたかった」という元検事総長はこう評した。

「向こう(官邸)には向こうの意図があるんだろうけど、(黒川は)悪女の深情けで身を滅ぼした旦那みたいになってしまった」

 官邸は本気で、黒川への論功行賞として検事総長昇格を考えていたのだろうか。法務・検察の大勢が林検事総長を望む中で、黒川を検事総長にごり押しすれば、黒川が検察内外から集中砲火を浴びて傷つくことは百も承知のはずだ。褒美どころではない。黒川自身、「そうなるから、やめてくれ」と懇願していた。

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林真琴氏 ©時事通信社

 やはり、安倍政権が、自らにダメージとなる事件、例えば、前法相の河井克行が妻の案里の選挙で地元議員らを買収したとされる事件、あるいは、安倍が「桜を見る会」前夜の夕食会参加者に飲食代を提供したことが公選法違反(寄付行為)などに当たるとして、全国の弁護士や学者ら約660人から告発状を出された事件で、黒川が穏便に済ませてくれることを期待して検事総長に起用しようとしたのではないか。そうであれば、辻褄は合う。

聴取を避けたいという強いモチベーション

桜を見る会 ©文藝春秋

 ただ、河井事件については、検事総長である稲田の肝いりで、黒川の勤務延長前の2020年1月の段階で捜査に着手してしまった。官邸が想定していた稲田から黒川への交代は5月中だったとみられ、河井側に流れた1億5000万円の問題を捜査しないのなら、そのころまでには捜査の結論は出てしまっていると見込まれた。実際、検察は1億5000万円問題を不問に付した。

 時期のずれを考えれば、河井事件については、黒川への「期待」の対象にはならないとみられた。実際には、コロナ禍や検察庁法改正審議の影響などもあり、河井の逮捕は6月にずれ込んだが、政権にとっても、その「遅れ」は予想外だったのではないか。

 むしろ、政権が黒川に期待していたとすれば、「桜を見る会」の方だろう。検察が告発を受理して捜査を始めるにしても、黒川の総長就任後と見込まれた。地検が安倍ら被告発者を処分する際に、黒川に穏当な処分を期待していた可能性は十分にあったと思われる。

 菅、杉田と親交のある政治ジャーナリストはこう指摘する。

菅義偉首相 ©文藝春秋

「安倍は、桜を見る会問題で検察の捜査が始まると、父親の代からの後援者が次々聴取を受け、さらに自分も聴取を受ける恐れがあると考え、そうした事態を避けたいという強いモチベーションを持っていた。その意を受け、あるいは忖度して安倍側近の官邸官僚らが黒川を検事総長に担ごうとしたのではないか。菅、杉田も黒川総長路線で進めていたのは確かだが、菅らにそこまでの動機はなかったと思う。少なくとも杉田は、(勤務延長については)あいつら(法務省側)が苦し紛れにこれしかないというから乗っかっただけ、という受け止めだった」

安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル

村山 治

文藝春秋

2020年11月25日 発売