昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/12/28

genre : 政治, 歴史

酒が入ると豹変した“あの首相”

 そのいっぽうで、その署長、すなわち宮沢喜一(1991~1993年在任)は、やはり宏池会会長ながら、酒が入ると人格が豹変する酒乱タイプだった。

 英字新聞を読みこなし、豪放磊落とは無縁のイメージからすると意外かもしれない。だが、読売新聞主筆の渡邉恒雄は、その“本当の姿”を証言している。

「僕は中曽根内閣のときに総理の依頼で、宮沢さんを大蔵大臣にするために、宮沢さんと二人だけで、ある料亭の女将の部屋を借りて話したことがある」(『渡邉恒雄回顧録』)

ビールで乾杯する(左から)宮沢喜一、竹下登、中曽根康弘、安倍晋太郎 ©AFLO

 このときまだ宮沢は素面だった。そのため、つとめて冷静に、蔵相就任を受諾するいっぽうで、「政調会長を宏池会に下さい」と求めた。渡邉はその日のうちに中曽根の確認を取って、あらためて宮沢の自宅に電話をかけた。すると、宮沢はもう泥酔状態となっていた。

「ナベちゃん、ナベちゃん」

「宮沢さんの家に電話をかけたんだ。そうしたら『いやあ、こりゃこりゃ、ナベちゃん、ナベちゃん』と言ってもう話にならないんだ」(前掲書)

 前祝いで飲みすぎたのだろうか。実際、宮沢は酒で事故を起こしがちだった。酔いに任せて毒舌を振るい、トラブルになったことも一度や二度ではない。そんな宮沢も、首相就任後はさすがに落ち着いたというから、ここは明治の元勲ではなく、昭和の政治家だったというところだろうか。

 酒を飲まない令和おじさんですら、会食の話題が尽きない。もしこのような酒飲みが首相だったならば、マスコミもさだめしネタに困らなかったことだろう。忘年会が壊滅状態の今年、これら“ひどすぎる”酒席エピソードがせめて家飲みの肴にでもなれば幸いである。

この記事の写真(5枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー