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被害者の包み隠さない本音

「さて、ここにいる遠藤も、あなたに対するVX事件で起訴されているんですが」

「ほう!」とびっくりしたように間の手を入れる被害者。

「このままだと、他の事件もあって厳しい刑罰を受けることになるんですが……」

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 すると、老人はあっさり言った。

「いいんじゃないスかぁ」

「へ!?」驚いた弁護人が思わず零す。

「アタシだって殺そうとしたんでしょ。殺しちまえばいいじゃないスか。アタシだって、わけがわかんないで殺されそうになって、それも4人くらいいたっていうじゃないスか。1対1ならともかく、そんなんでね、やられちゃあね。殺しちゃえばいいじゃないスか」

 よもやクリスチャンからそんな言葉を聞こうとは思ってもみなかったのだろう。慌てた弁護人がさらに突っ込む。

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「ですが、指示を受けたということもあるんですよ」

「この昭和の御代にね、人を殺そうなんて、とんでもない!   とんでもない奴らですよ」

「しかし、それは指示した主犯の責任だとは思いませんか」

「アタシゃ、そこまで考えてませんよ。みんな早く殺しちゃえばいいじゃないスか」

 それまで、しきりにメモ用紙にペンを走らせていた遠藤も、たちまち動きがとまって、顔色が変っていくのが目に見えてわかった。凍り付くというのは、こういう状態をいうのだろう。

 もっとも、これが被害者の包み隠さない本音なのだろう。それが、決して嫌味なものにも、重苦しいものにも聞こえなかった。そこに偽りの心がなかったからに違いない、とぼくは思っている。

私が見た21の死刑判決 (文春新書)

青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売