「このままだと、あなた、確実に死刑よ」
これに動揺した遠藤が、直後に弁護人を解任してしまった、というのが大方の見方だった。
「アタシはクリスチャンですよ」
そこから裁判は一時ストップ。新しい弁護人(おそらく、進言した弁護人の紹介)がついたところで再開されると、それまで全部認めてきた、冒頭手続きのやり直し、証拠採用の取り消しを求めたのだった。理由は、前任の弁護人のなすがままに意思疎通もはかれていなかった、ということ。
しかし、それもどこか、あとから急に怖くなって、びびった子供が気紛れを起こしたようにしか見えなかった。なんでも、教祖の指示だからと、いうがままになって、責任を逃れるように安心していた遠藤が、今度は誰のいうことに従えばいいのか、あるいはどうしたいのか、決めあぐねて混乱を巻き起こした、としか思えなかった。他の被告人に較べて、肝が座っていなかった。
その遠藤の法廷に、VXをかけられて生死の境を彷徨った、当時86歳になる老人がやってきた。明治生れのちゃきちゃきの江戸っ子で、教団施設から脱け出してきた知人を家において世話してやったというだけで、どういうわけか教団は彼をスパイだと認識して、猛毒の化学兵器での暗殺を企てたのだ。
この老人が検察側の主尋問に事件の詳細を一通り証言して、最後に検察が被害者感情として「オウム真理教をどう思うか」と尋ねた。すると老人は、困ったようにこう答えたのだ。
「検事さん、それは無理じゃないスかねえ。アタシはクリスチャンですよ」
この一言を、弁護側は聞き逃さなかった。弁護側の反対尋問に入ると、巧みな尋問で、この老人がクリスチャンであることを確認し、本人に認めさせた。その上で、最後の締めにこう切り出したのだ。