「謝罪がないケースは非常に多い」
「第一に、こういった交通事故で加害者から被害者に対して謝罪がないケースは非常に多いです。むしろ、加害者が被害者に謝罪するケースはほとんどないと言っても過言ではないくらいの割合です。
事故で被害者が亡くなったケースでは、加害者も罪の意識から謝罪に行く場合もありますが、刑事裁判が終わってしまえば、知らぬ存ぜぬと言わんばかりに謝罪に行かなくなることがよくあります。私自身もこういったケースを数多く見てきました」
しかし辻氏は、刑事裁判の供述調書で「この裁判が終わった後も、一生にわたって、被害者の方とご家族に対して誠心誠意対応します」と述べている。
それを受けて大阪地裁は、辻氏について「過失は比較的重大である上、その結果は極めて重大である」としながらも、「今後は、改めてお見舞いに行くなど、被害者及びご家族に対し、誠心誠意対応していく(中略)などと述べており、反省の態度を示している」と反省の態度を考慮して執行猶予を認めている。
被害者家族は、その言葉が実行されていないことに長年憤っていた。
裁判で発した言葉の重さは?
高橋弁護士によると、「刑として科されていなくても、法廷での加害者の言葉が実行されていなければ被害者は法的に訴え出ることができる可能性がある」という。
「加害者が法廷で『一生償う』と述べたにもかかわらずその言葉が実行されなかった場合、不法行為となる可能性があります。刑事訴訟の当事者は検察官と被告人ですが、現在の法律では『事故の被害者の権利が法的に保障される』とされています。なので加害者が法廷で供述したのに謝罪がなかった場合は、その事故の被害者としての権利が侵害されたとして不法行為に基づく損害賠償請求を起こすことができるのです」
高橋弁護士は、「刑事裁判で被害者が権利を持つ」という考え方が定着してきた背景について、次のように解説する。
「実は、刑事裁判における被害者の立場についての考え方は、この30年間くらいで180度変わりました。1990年2月20日の最高裁判決では、刑事裁判における被害者は『司法手続き上の単なる取り調べの対象』、つまり証拠の1つに過ぎないとされていました。証拠ですから、もちろん法的に保護されることはありません。
しかし、2004年に成立した『犯罪被害者等基本法』や、2005年に成立した『第一次犯罪被害者等基本計画』によって大きな変化が起きました。そこで『すべて犯罪被害者等は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する』、つまり交通事故の被害者は刑事裁判においても、法的に保障された権利を持つと定められました。刑事裁判で宣誓されたことや科された刑が実行されない場合に、訴え出る資格を持つということです」
今回の騒動の中で辻氏が一貫して主張しているのは「法的には罪を償っている」「決着している」ということだ。しかし高橋弁護士の説明によれば、裁判で誓った謝罪を実行に移して、Aさん側の尊厳を守る法的な義務をまだ負っているということなのだ。