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虐殺、強制収容所、美容整形…海外アニメが抉り出す「実写では描けない“社会のリアル”」

2021/05/07
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韓国はアニメも必見作揃い

 2010年代後半、アジアからは、ヨーロッパとはまた別種の面白い流れが生まれている。社会性・ドキュメンタリー性を感じさせながらも、それがエンタメとしての強度を上げる方向に活用されている作品群だ。

 その先陣を切ったのは、ヨン・サンホだ。『新感染 ファイナル・エクスプレス』の大ヒットでいまや実写映画監督として著名な彼は、元々は個人制作に近い小規模なCG長編アニメーションで頭角を現してきた存在だ。『豚の王(日本未公開)』『フェイク 我は神なり』『ソウル・ステーション パンデミック』……そのどの作品も、韓国社会が直面する社会的な行き詰まりを毒のあるエンタテインメントに昇華していく骨太の構造を持っており、低予算のCGであるがゆえのぎこちない動きも、その社会のなかでゾンビのように生気をなくした人々の表現として「活きて」いる。

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『ソウル・ステーション パンデミック』:

監督ヨン・サンホが実写映画デビューをした、列車内で発生した感染パニックを描く『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚となる作品。恋人とケンカし夜のソウルの街をひとりさまようヘスン。その頃、ソウル駅では息絶えた血まみれのホームレスが生き返り、人を襲い出した。襲われた人がゾンビとなり、へスンにも危機が迫る。(DVD発売中)

美容整形をめぐって繰り広げられるホラー

 今後の公開が期待される韓国作品のなかに、その遺伝子を引き継ぐような作品がある。

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 韓国の人気ウェブコミックを原作とする『奇々怪々整形水(日本未公開)』である。本作は、韓国の社会問題のひとつである美容整形をめぐって繰り広げられるグロテスクなホラーだ。身を浸せばまるで粘土のように自分自身の肉を自由に変化させることのできる「美容水」がもたらすホラー表現は、CGアニメーションでなければできないみたことのないものであり、突き抜けすぎて笑うしかないラストも含め、必見の異色作だ。

週刊文春CINEMA!

 いまやメジャーなアニメーション・シーンのなかでも無視できない存在となった中国はもちろん、アジアからは「ポップな」作風の作家たちが羽ばたきはじめている。台湾からは昨年スマッシュ・ヒットとなった『幸福路のチー』のソン・シンイン監督、フィリピンからは 『ニャンてこと!』がネットフリックスで観られるようになったラブ・コメディの名手アヴィッド・リオンゴレン監督も注目しておきたい。

 2010年代以降、映画界について考える上で無視できない存在となった配信プラットフォームは、アニメーション界にも大きな影響を与えている。映画祭やアワードとも合わせて、先鋭的かつ硬派な長編アニメーション作品が生まれ、観られていくための重要なインフラを作っている。

 代表的な存在として、アイルランドのスタジオ「カートゥーン・サルーン」を挙げておきたい。このスタジオの長編作品は、過去4作すべてがアカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートしている。その中心的な人物トム・ムーア監督は、共同監督のロス・スチュアートとともに、昨年、Apple TV+の出資により、自身3作目の長編アニメーション作品『ウルフウォーカー』を完成させ、現在、世界中の賞レースを席捲している。

©WolfWalkers 2020

 カートゥーン・サルーンは、ともすると消えてしまいがちな小国の想像力・物語を子供向けのアニメーションというかたちで全世界に密輸していくスタジオである。『ウルフウォーカー』は、イギリス侵略下のアイルランドで繰り広げられる、人間とオオカミとの関係性をめぐる物語だ。ファミリー向け作品としてエンタテインメント性あふれるものでありながら、本作の侵略者と被侵略者の関係性は、アニメーションならではのメタファー性や実に多彩な手法の混交が作り出すきわめて複雑なレイヤーによって、単純な勧善懲悪には堕することなく、現代社会が抱える複雑さ――どの立場にもそれぞれの正義があり、だからこそそれがぶつかりあうこと――を浮き彫りにするものとなっている。

『ウルフウォーカー』:
オオカミハンターを父に持つロビンが、森で出会ったメーヴと交わした約束は父を窮地に陥れるものだった。アイルランドのアニメスタジオ、カートゥーン・サルーンの最新作。監督のトム・ムーアは映像作品で最高権威であるIFTAを受賞している。