編集者から「エグいですね」と言われた企画

 プロ野球選手は、自分の仕事の結果が数字となって人々の娯楽となる。

 当然、球場のスコアボードには投球内容や打撃成績が数万人の観客に向かって表示される。って、これは考えたら凄いことだ。例えば、俺らが4万人の観衆から「やーい、おまえの数学テスト13点〜」とか、「営業成績、前年比マイナス200万円の給料泥棒〜」とか野次られたら泣く。仕事でミスった時に、外野のビール片手にベロベロに酔っ払ったおじさんから、「あいつ使えねえなぁ」なんてディスられたらマジでヘコむ。「合コンでいつも勝負どころで失敗するし、チャンスに弱いね」ってそう言うあんたはどないやねんとキレるだろう。年間143試合も不特定多数の観客の目にさらされ、時に人格まで否定されるプロ野球選手は心身ともにタフな仕事だ。

 自分が『文春野球コラムペナントレース2017』に参加してみてあらためて、そう思った。本企画は12球団別に12名のライターがそれぞれ原稿を書き、年間順位は記事を読んだ読者が面白いと思ったら押す「HIT」ボタンの総数で決まる。これはよくあるPV数が表示されないサイト内のアクセス数ランキングとは訳が違う。いわば、目に見えるその数字そのものが読者参加型のエンタメとして消費されていくわけだ。そう、まるでプロ野球選手の打率や防御率ランキングのように……。正直、ライターとしては恐怖である。だって言い訳がきかないから。結果次第で抱えている連載を失うかもしれないし、数字を持ってないと著書を出せなくなる可能性だってある。春先から仕事の打ち合せで、紙やネットの媒体の垣根を越えあらゆる編集者から「あの企画、エグいですね」なんつって話題になることも多かった。

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賛否のステージに立ち続ける重要さ

 いわば12名の書き手が参加した文系野球リアリティショー。巨人担当の自分の場合は3月からペナント最終日の10月10日23時59分59秒まで年間29本の原稿を書いた。感覚的にはプロ野球の先発ローテ投手の気分。数試合の快投ではなく、とりあえず長期離脱をせずに年間を通してしっかりローテを守り、企画のクオリティ維持のために最低でも平均点の原稿QS(先発して6回3失点以下)をクリアする。求められるのは爆発力より、継続力だ。もちろん、今日は調子良くないなとか、人間だから体調が悪い夜だってある。不思議なことに、書き手がこれはいまいちかもと思った記事はHIT数も伸びないリアル。日々更新される数字は残酷だ。で、文春野球で書き続けるうちに(同列に語るなと怒られそうだけど)、実際のプロ野球でマウンドに上がれば抜群の安定度でリーグトップクラスのQS数を誇る、菅野智之やマイルズ・マイコラスのプロ意識の高さを実感した。

 そして、“文春オンライン”という人気サイトでは無数の「人の目」がある。野球専門サイトとは読者層も当然違う。でも、共感を得られなければHITボタンは押してもらえないし、なんだあのコラムとディスられる。その狭間で悩んで、執筆ペースが徐々に落ちた書き手もいたけど無理もない。よく期待の若手選手が、1軍昇格しても満員の球場の雰囲気に萎縮してしまうことがある。そりゃあ緊張するよ。「ヤル気はないのか?」ってあるよ。ヤル気があるから、人は緊張するのだから。就活面接や合コンと同じで、こればっかりはもう場数を踏んで慣れていくしかない。とにかく文章の技術論以前に、逃げずにその場で書き続ける。何の仕事でも重要なのは、賛否のステージに立ち続けることではないだろうか。あの落合博満でさえ、晩年にはリストラされた中年選手のような同情論がほとんどで、その生暖かい空気に現役生活の終わりを悟ったという。すべてのプロ野球選手は、打てなくて批判されるのではなく同情されたら引き際だ。ライターも役者もラーメン屋もそれは変わらない。