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夫の不倫相手は殺してOK…中世日本のヤバい慣習「うわなり打ち」の“恐ろしすぎる実態”

『室町は今日もハードボイルド』より #1

2021/06/17
note

 この手の告発状の常として、書かれていることのすべてが真実とは限らない。とくに告発状の最後で守護細川氏による荘園侵犯の危険が述べられているくだりは、光心の存在が自分たち百姓だけでなく、それを放置すれば荘園領主にとっても害悪になりうるということを匂わせていて、東福寺への巧妙な揺さぶりとなっている。むしろ、ここからは光心の横暴さよりも、当時の百姓たちの交渉能力の高さを読み取るべきかも知れない。しかし、この前後に東福寺も光心の周辺の独自調査に乗り出しており、そこで得られた情報も、おおよそ同じようなものだった。光心が東福寺の眼が届かないのを良いことに、公私混同を極めて私腹を肥やしていた事実は、揺るがないようだ。

嫉妬に狂う未亡人

 さて、この告発状のなかでも、とくに目を引くのが、禅僧にあるまじき光心の醜聞(スキャンダル)の数々である。光心は、とんでもない女好き坊主だったのだ。なかでも彼がご執心だったのが、上原郷の西、山田という土地に住む長脇殿の未亡人だった。この直前、上原郷では「山田入道」とよばれる人物が没落して、その所領が光心の黙認のもと細川氏の支配下に入っている。あるいは夫であった長脇殿も、そうした郷内の権力抗争で敗れた人物で、彼はこれ幸いと、その未亡人に手を出したのかも知れない。もちろん彼は僧侶なので彼女と正式に再婚することはできないが、いつしか2人の関係は郷内の誰もが知る、公然の内縁関係になっていった。

 しかも、彼は長脇殿の未亡人のもとにお忍びで通う、その往復の道筋で、カワウソを見つけては斬り殺し、代官所でその肉を食べるのが日課だった。現在、ニホンカワウソは絶滅したとされているが、当時は岡山県あたりにも普通に生息していたのである。彼はよほどのカワウソ好きだったらしく、食べきれない分の肉は塩辛にして保存し、残った獣皮はなめして毛皮として愛用していたという。もちろん当時は、僧侶どころか一般人にも獣肉を食べるなどという文化はない。あるいはカワウソは、淫事のまえの精力剤のつもりなのだろうか。「私たちがいうことでもないですが、東福寺の荘園になって、こんなお代官様は見たことがありません」と、告発状で百姓たちも呆れた様子である。

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 そのうえ彼は、この長脇殿の未亡人を籠絡しただけでは飽き足らず、同時進行で郷内の百姓の女たちにも次々と手を出していく。百姓の娘で気に入った子がいると、自分のものにしようと代官所に呼び寄せて、それを拒めば、その親を無実の罪に陥れて処罰する。人妻でも好みのタイプだったら、夫がいようが子供がいようが、家来たちを差し向けて自分のものにしようとする。それに従わない場合は、やはり言いがかりをつけてその一家を捕縛しようとするので、耐えかねた者たちはみな土地を捨てて逃げてしまったという。まったく“女性の敵”としかいいようのない人物である。そのうち彼の好色は見境が無くなってゆき、やがては百姓の下女(げじょ)(身分の低い召使い)にまで手を出すようになる。

室町は今日もハードボイルド』(新潮社)

 しかし、悪事も長くは続かない。このことが、たまたま内縁の妻である長脇殿の未亡人の耳にも届いてしまったのである。百姓の女性に浮気をするというだけでも許しがたいのに、自分よりも遥かに身分の低い下女と通じているということに、彼女のプライドはズタズタに傷ついた。嫉妬の念に駆られた彼女は、ついに長脇家の家人(けにん)たちを大挙動員して、その百姓の下女の家にうわなり打ちを仕掛けることになる。そして、未亡人の命令をうけた者たちは、その下女を召し取ると、冷酷にもそのまま彼女を殺害してしまう。なんたる非道……。百姓たちも告発状のなかで「言語道断の事に候」と、その悲劇を嘆き悲しんでいる。

 常軌を逸したセクハラ代官の淫欲と、嫉妬に狂う未亡人、そして、その犠牲となって可憐な命を散らす1人の下女。2時間サスペンス・ドラマにもなりそうな筋書きだが、ここで私たちの注意を引くのは、やはり、うわなり打ちという謎の習俗である。このあと、長脇殿の未亡人が殺人の罪に問われた形跡はない。また、百姓たちは告発状で、この修羅場に憤ってはいるものの、それは未亡人の行為に対してではなく、すべての原因を作った光心に対してのものである。この時代、男を奪われた女が新たな女に復讐するという行為は、慣習的に許容されていたようなのである。