Aさんを襲った「さらなる不幸」
Aさんを襲った不幸はこれだけではありません。犬に噛まれたことで細菌が侵入し、彼女の顔はパンパンに腫れてしまいました。33針の縫合はあくまで応急処置。その後、医師から「腫れが収まった後に何度か手術を繰り返す必要がある」と説明を受けました。
当然、それらを飼い主に伝えましたが、「自分のせいじゃない」「犬がやったことだ」と謝罪の言葉は一切なく、治療費などを支払う意思もまったく見せませんでした。
やがて事故は、刑事訴訟にまで発展。その結果、「飼い主としての注意を怠った」として飼い主は過失傷害の罪を背負うことになったわけですが、それでも謝罪や治療費の支払いはありません。憤りを感じたAさんは、悩んだ末に民事訴訟に踏み切ります。
「なでられたのが嫌だったのか、それともほかに理由があるのか。噛まれた理由はわかりませんが、私自身、飼い主が許可したとはいえ安易に犬に触ったことを後悔しています。事故直後は、話し合いで解決できればと思っていました。しかし、飼い主としての管理責任は一切ないと主張され、謝罪の言葉もなく、逆に感情を逆撫でする言動が多くあったので弁護士と相談して訴えることにしました」とAさんは当時の心境を語ります。
裁判所に提出された飼い主による陳述書(裁判官などに自分の考えや気持ちなどを伝える書面)にも事実ではないことが記載され、Aさんは何度も悔しさで体が震えたといいます。
地方裁判所での判決は、Aさんに過失はなく、飼い主に対して数千万円の損害賠償が科せられました。それを不服とした飼い主は控訴しましたが、最終的には高等裁判所によって民法718条に基づく動物の占有者等の責任から「飼い主には管理責任がある」と判断されました。また、裁判官から和解交渉を進められ、飼い主が一審の判決とほぼ同様の損害賠償をするという内容で和解が行われました。
それでもAさんの戦いが終わらない理由
Aさんと飼い主の争いが、和解に至るまでに要した年月は3年半。訴訟中も彼女は傷の後遺症を改善するための手術を何度も受けていました。
鼻の位置の修正や、傷が原因での逆さ睫毛、鼻の奥のふさがりの改善などの治療を行いました。顔にできた傷を目立たなくするために、お腹の脂肪を削って移植する手術も受けました。しかし内部の神経がぐちゃぐちゃに繋がっているため、時間の経過と共に新たな不具合も出てきました。術後の痛みはもちろん、冬場や雨の日も傷が痛み、そのたびに噛まれた記憶を思い出すと言います。
症例が少ないせいか噛み傷の治療は完治が難しく、今後もAさんの状態によって手術を余儀なくされるそうです。たとえ和解しても彼女が負った心身の傷は大きく、戦いはこれからも続くことになります。
そして、苦しむのは被害者のAさんだけじゃありません。今回の事故のように数千万円の賠償が求められる事故の場合、飼い主の人生も変わってしまいます。最悪、被害者が亡くなるようなことがあれば、多額の賠償を背負うだけでなく、愛犬を殺処分する可能性だってあります。当然家庭への影響も避けられないでしょう。