文春オンライン

単なる陰謀論ではなかった…? 武漢ウイルス研究所「流出説」を再燃させた“匿名専門家集団”の正体

2021/07/21
note

 探求心を抱く彼らは、徐々に、ツイッターのスレッド、ダイレクトメッセージ、チャットを通じて、「ドラスティック」として緩やかに互いに繋がりはじめ、「武漢ウイルス研究所流出説」を徹底検証していくことになる。

 主にツイッターを用いるのは、「消去法による」としている。「フェイスブックやRedditでは新型コロナウイルスの起源を問う投稿は検閲されており、ツイッターでも多少はあるものの、相対的に自由度が高い」(リベラ)からで、メッセージング・プラットフォームに移行しなかった理由は「メンバーの多くが匿名性を保ちたかったから」だという。したがって、メンバー同士は、いまだに個人的な知り合いではない。

 これまでドラスティックは、約1年にわたって調査を続けてきたが、その調査のあり方は、情報を収集し、翻訳し、中国のインターネット上に散らばる「手がかり」を集め、それぞれに得た情報やデータやメモを共有し、ディスカッションを公の場で重ねる、といったものだ。こうしたネット匿名有志集団による“調査報道”は、検索エンジン、公共データベース、科学論文への無料アクセス、ソーシャル・ネットワークといったテクノロジーによって初めて可能になった。

ADVERTISEMENT

2012年の雲南省でのヒトへの感染事例

 @The Seeker268は、「武漢ウイルス研究所流出説」に興味を持ち始めてから1週間後に、早くも「金脈(データベース)」を発見する。中国の学術論文2000本以上を検索できるウェブサイトで見つけた昆明市の修士学生の論文だ。

 これによると、2012年4月、3人の鉱夫が、雲南省南部・墨江の山奥の銅鉱山の掘削路で、キクガシラコウモリのグアノ(コウモリの糞や体毛が化石化したもの)をシャベルで採取するよう命じられる。通気性が悪いなかで1日7時間にも及ぶ作業を数週間も続けた結果、3名は病に倒れて昆明医大病院に運び込まれ、新たに入った3名も同じような病に倒れる。

 彼らの症状は、咳、熱、重い呼吸、血栓といった新型コロナに酷似した症状で、6名のうち高齢の3名が死亡。彼らの血液サンプルは、武漢ウイルス研究所へ送られて解析された結果、SARSの抗体が見つかったという。ところが「ヒトに脅威となる病原菌を早期に見つけ、未然にパンデミックを防ぐこと」を使命としているはずの武漢ウイルス研究所は、この感染事例をWHOに報告していない。

「コウモリ学者」の異名をもつ石正麗研究員 ©AFLO

 ドラスティックは、墨江の洞窟の正確な位置を、グーグル・アースの過去の画像なども駆使して割り出すことに成功。これを受けて英BBCの記者が、2020年10月、墨江の洞窟を訪れようとしたが、私服警官に尾行された挙句、洞窟へと続く道の途中に故障トラックを置かれ、文字通り道を塞がれている。

 2013年10月、「コウモリ学者」の異名をもつ武漢ウイルス研究所のコロナウイルス研究の第一人者、石正麗は、「ネイチャー」に「コウモリ由来のウイルスには、他の動物を媒体とせずとも直接人間に感染するものがある」とする論文を発表している。石正麗らのチームは、その後も、「どのウイルスが鉱夫に感染したのか」を突き止めようと、洞窟で採取されたコウモリのコロナウイルスを分析し、SARSに最も似たゲノム配列を持つウイルスをRaBtCoV/4991と名付けている。