あのスキャンダルさえなければ、諸手を挙げて歓迎された数少ない菅義偉政権の人事だったかもしれない。新設されるデジタル庁の事務方トップの「デジタル監」に内定したと一時は報道された元米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の実業家、伊藤穰一氏。

 だが、英王室までを巻き込んだ少女買春スキャンダルの黒幕にして米大富豪の故ジェフリー・エプスタイン氏との密接な関係は、余りに危険な火種だった。結局は人事の撤回に追い込まれた日本政府だが、そのグローバルな負のインパクトは国内で理解されたとは言いがたい。

2018年12月、米国NYのジャパン・ソサエティーで講演する伊藤穣一(当時マサチューセッツ工科大メディアラボ所長) ©時事通信社

日米で様々なIT企業の創設に関わった

 日本での知名度は劣るが、米国ではちょっとした著名人であり、知識人だ。

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 伊藤穰一氏は1966年生まれ、米国やカナダで育ち、IT業界の黎明期に幼少時代から触れ、日米を行き来しながら、価格ドットコムを運営するデジタルガレージやインターネットプロバイダのインフォシークなど、次々とIT企業の創設に関わった。その後も日米でエンジェル投資家として、さまざまなIT企業の創業を支えてきた。伊藤氏の投資先にはあのツイッターも含まれる。

 バラク・オバマ元大統領のよき友人でもあり、絶頂期の2016年にはホワイトハウスで、オバマ大統領と対談。オバマ大統領は伊藤氏を愛称の「ジョイ」と呼び、AI(人工知能)の将来やテクノロジーと倫理の関係などについて突っ込んだやり取りをしてメディア界を賑わせた。

 米国での紹介も「異例」の文字は躍る。2度も博士課程を中退。伊藤氏は自身のブログに発達過程に何らかの特殊性があったのではないかと自己分析してもいる。

閣議後に記者会見する平井卓也デジタル改革担当相 ©時事通信社

伊藤氏のもとでさらに花開いたMITメディアラボ

 その異能が遺憾なく発揮されたのが、11年から所長を務めるMITメディアラボだった。メディアラボはMIT内に設置された研究所で、工学、IT、芸術、メディアなどさまざまな分野を横断し、またベンチャービジネスとも次々に結びついていくユニークな研究スタイルは、伊藤氏のもとでさらに花開いたと評価を受けた。

 オンデマンドのカラオケシステム、グーグルストリートビューなど、メディアラボでの研究をもとに実際の製品になったものも少なくない。