今年『ドライブ・マイ・カー』で大きな注目を集めた濱口竜介監督の新作『偶然と想像』が12月17日より公開される。村上春樹の小説を原作に壮大な物語を描いた前作に比べ、3つの短篇から成る新作はとても軽やかかつユーモアに溢れまるでエリック・ロメールの映画のよう。3つの物語を繋ぐテーマは「偶然」。偶然によって出会い、別れ、再会する人々のドラマが濃密な会話劇によって描かれる。
第1話に出演するのは、多くの映画やドラマで活躍する玄理。濱口監督の映画には短篇『天国はまだ遠い』(2016)以来二度目の出演となる。女友達を相手に、運命的な出会いをした男性について語るうち、不思議な偶然に巻き込まれる女性つぐみ役を演じた。
「前回と今回とで濱口さんの演出方法自体はそれほど変わってはいないように思います。元々どの監督とも違うというか、ワークショップなどの経験を通してオリジナルの演出方法を構築されている方なので。ただ前回は脚本が予め用意されていなくて、監督が用意した質問に俳優が答えていくことで徐々に話を作っていくスタイルだったのが、今回はまず脚本があった。そして以前よりさらにご自分の手法に確信を持っているなという印象を受けました」
自主映画に近い小さな制作体制が敷かれた本作では、俳優が脚本を読み合う「本読み」に多くの時間がかけられた。
「監督からは、セリフは一切覚えてこないでくださいと言われていました。本読みのために集まった部屋で俳優全員が一から脚本を読んでいき、みんなが完璧に覚えたら次のページを開く、という作業をまずやるんです。何度も言われたのは、セリフは棒読みで覚えてくださいということ。ちょっとでも感情が入るとその都度やり直し。とはいえ実際の撮影現場で自然と感情が出てくるのはかまわないと言われ、体の動きについては特に指定されませんでした。とにかくセリフを読むことをひたすら繰り返していました」
感情を抜いて話すことは演技にどんな影響を与えたのか。
「濱口さんは自分が書かれた言葉を絶対的に信頼しているんだと思います。だからこそセリフは一字一句変えずに棒読みで覚えて、あとは言葉が引き出してくれる感情に身を任せてほしいと言うんでしょうね。実際、セリフを素直に口にし、相手のリアクションにその都度自然に反応することを繰り返していると、表情や体の動きや目線も含め、私の作為のようなものが徹底して削ぎ落とされていくんです。出来上がった作品を見て『私ってこういう顔で話すんだ』『こういう表情をするんだ』と驚きました。これほど芝居に無意識な自分が出るのは初めての体験でした。
長く仕事を続けていると、良くも悪くも現場慣れしてきて、自分の演技を俯瞰的に見たり、監督の意図を考えながらお芝居をする部分がどうしても出てくるんです。一番伝えたいのはどこか、そのためにはここを引き立たせよう。でも濱口さんは絶対にそれをやらせてくれない。『偶然と想像』の撮影は、自分をもう一度お芝居の基本に立ち返らせてくれた、ご褒美のような時間だったなと思います」
聞いていると、この映画がいかに俳優と監督の信頼関係によって成り立っているのかがよくわかる。演じることの新たな可能性を追求する濱口監督は、俳優にとってどのような存在なのだろう。
「私は『天国はまだ遠い』の頃からただ監督の大ファンなんです(笑)。今回の現場でも濱口さんは常に勉強して新しい何かを開発しようとしているんだと感じました。自分の何かを引き出してほしいとかではなくて、濱口さんがこれから何を見つけるのか、どんな作品を作るのかをずっと見ていたい。そしてできれば自分もそこに関わっていたい、ただそれだけなんです」
ひょんり/1986年生まれ。2014年の主演映画『水の声を聞く』(山本政志監督)で第29回高崎映画祭最優秀新進女優賞を受賞。主な出演作に『スパイの妻』(20/黒沢清監督)、『脳天パラダイス』(20/山本政志監督)など。
INFORMATION
映画『偶然と想像』
12/17(金)Bunkamuraル・シネマほかロードショー
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