小さな花々が一面にちりばめられた絵。可憐な小花に自分がどんなイメージを投影するのか、それが問われる絵でもあります。描いたのはイギリスを代表する画家の一人、ジョン・エヴァレット・ミレイ。彼の代表作「オフィーリア」はシェイクスピアの『ハムレット』に登場するオフィーリアという女性が、心を病んだ末に川に落ちて沈みながらも歌い続けてそのまま死んでいく場面を描いたもの。イギリス留学中の夏目漱石にも印象深かったようで『草枕』に登場させているほど。

 初期のミレイは細かい描写が特徴でしたが、後期の本作は粗いタッチ。当時フランスで流行していた印象派の影響と思うかもしれませんが、実際には18世紀イギリスの画家たちの自由で闊達な筆遣いを取り入れたものなのです。

 ミレイの作品にはどれも強い物語性があります。といっても特定の主題を明確に表すのではなく、見る人がさまざまに解釈できるような、喚起力のあるイメージです。本作も、絵の醸し出す雰囲気と「古来比類なき甘美な瞳」というタイトルとの響き合いで、見る人ごとに違った見方ができる余地が残されています。つまり、自分の感覚で自由に見ていいのです。

ADVERTISEMENT

 その物語性の強さは、風景の描写にさえ見られます。というのも、そこに人の感覚や感情を連想させるアニミズム性があるからです。たとえば石打ちの刑による殉教者を描いた「聖ステファノ」では、背景の植物のトゲトゲがステファノの苦痛と呼応し、「オフィーリア」では水に浮かぶまだ鮮やかな色の花輪がオフィーリアの水死を連想させるといったように。そして本作では花がアニミズム性のあるモチーフ。衣服の柄、摘まれた状態、咲いた状態とさまざまに描かれています。

ミレイは美術評論家のジョン・ラスキンの妻だった、スコットランド出身のエフィーと結婚。スコットランドは彼にとっても大切な場所になった。
ジョン・エヴァレット・ミレイ「古来比類なき甘美な瞳」(英題:ʻSweetest eyes were ever seenʼ) 1881年 油彩・カンヴァス スコットランド国立美術館蔵

 構成に目を向けると、まず、少女の腰のあたりにうっすらと木の柵が見え、野の花が咲いていることから屋外と推測できます。暗い背景に明るい髪と服装が浮き立ち、顔に目がとまります。続いて髪の毛・腕・ボタンの下向きの流れに促されながら小花柄のブラウスを眺め、そのままスカートの縦縞と籠の持ち手が更に下へと目線を導きます。スカートにも少し大きめの花柄があしらわれていて、籠の中には摘まれたスミレがたっぷり。画面最下段では、籠のカーブが上向きの流れを作り、少女の背後に咲く野花を指し示しています。

 タイトルの一節は、イギリスの詩人エリザベス・バレット・ブラウニング(1806-1861)の詩からの引用。恋人との仲を両親に反対され、若くして亡くなる女性のお話です。さて、この絵とフレーズの組み合わせに、あなたは何を感じますか? 成長期の少女の無邪気さや儚さと受け取る人もいますが、そう感じなくても構いません。瞳の青と唇の赤がブラウスの青や赤の点描と連動し、画面下に向かうにつれ花が大きくなることや、紫色はスミレの部分にしか使われていないことなど、いろいろな点に気づき、解釈がそれにつれて変化するのもまた楽しいことです。

INFORMATION

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」
東京都美術館にて7月3日まで
https://www.tobikan.jp/exhibition/2022_scotland.html

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。