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「病院に行かないほうが死なない」「医師は患者を診ていない」現役精神科医が指摘する、日本の高齢者医療が抱える“不思議な問題”

『80歳の壁』より #1

2022/07/09
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病院に行かなくなったら死者数が少なくなったという事実

 興味深い事例を2つ紹介しましょう。

 まず2020(令和2)年は、新型コロナウイルスの影響で、病院に行く人が大幅に減りました。「コロナに感染したくない」と、少しくらいの不調は我慢したのでしょう。とくに高齢者にはその傾向が見られました。

 その結果、意外な現象が起きました。日本人の死亡者数が減ったのです。

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 つまり「病院に行かないほうが死なない」という皮肉なことが起きたわけです。

 もう1つは、北海道夕張市の例です。

 夕張市は住民の約半数が高齢者で、全国の市区の中で「高齢化率日本一」と言われた町です。市民にとって病院は命を守る生命線だと思われていました。ところが、2007(平成19)年に夕張市は財政破綻をし、唯一の市立総合病院が閉院してしまったのです。

 総合病院は小さな診療所になりました。171床あったベッド数は19床に減らされ、専門医もいなくなりました。

 高齢者の多い町で、どうなるのだろう? 

 市民はもちろん、多くの人が心配しました。結果、どうなったと思いますか? 

 重病で苦しむ人が増えることはなく、死亡率の悪化も見られなかったのです。

 日本人の3大死因と言われる「ガン、心臓病、肺炎」で亡くなる人は減り、高齢者1人当たりの医療費も減ったそうです。「わずか19床のベッドで大丈夫か」という心配も杞憂(きゆう)に終わりました。ベッドは空きが出るほどになったのです。死亡する人の数も、以前とほぼ変わりませんでした。

 まさにいいこと尽くめなのですが、なぜそうなったのか?

 その答えを探すことは、現代の高齢者医療が抱える問題を浮き彫りにし、解決策につながる、と私は考えています。

写真はイメージです ©iStock.com

病院ではなく、自宅やホームで「老衰」で死ぬということ

 夕張市の市民の間では、3大死因の「ガン、心臓病、肺炎」は減ったのに、全体の死亡人数は変わりませんでした。つまり、ほかの原因で亡くなる人が増えたということです。その原因とは何か?

 夕張診療所の方によれば、それは「老衰」だったと言います。

 老衰は、病気ではなく、少しずつ体が弱って死ぬことです。「天寿をまっとうした死に方」と言ってもいいでしょう。

 老衰の場合、多くは家庭や老人ホームなどで息を引き取ることになります。

 夕張市では病院が小さくなったため、在宅医療への切り替えを余儀なくされた人もいました。患者さんが入院を望まず、在宅医療を選択したケースが多かったと聞いています。

 85歳を過ぎた人は、体の中に「複数の病気の種」を抱えています。明らかな症状はなくても、何らかの不調はあるはずです。

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