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 一般に、大学病院などの勤務医の多くは、検査の数字は見ますが、患者は診ていません。目の前の患者さんの体に起きている事実よりも、定められた数字を重視しているわけです。そのような医師に診断され、治療されてしまうことを、どう思うでしょうか。不幸なことだと思いませんか?

 とくに80歳を過ぎた幸齢者(編注:書籍内では、80歳を超えた高齢者を「幸齢者」と呼ぶ)の場合は問題がある、というのが老年医療の現場に長年いる私の実感です。数値を正常にするために薬を服用し、体の調子を落とす人や、残っている能力を失ってしまう人、寿命を縮めてしまう人がいるのです。

医療に頼るなかれ。医師には「健康」という視点がない

『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)という医学雑誌があります。200年以上の歴史があり臨床論文の最高峰と言われるもので、世界中の医師や研究者はこの雑誌を高く評価し、情報を寄せます。

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 しかし、その雑誌に載る日本人の論文はわずか1%ほどです。日本の医学界では大学の医局に残る医師が多く、研究者の割合は世界一なのに、臨床論文は少ない。なぜ、そのような不思議な現象が起こるのか?

 それは、定説を覆がえそうとする研究者が少ないからだ、と私は思っています。

 先の健診もその1つです。定められた正常値を絶対視して、患者さんが薬による不調を訴えても「数値が悪いので」の一言でおしまい。そんな医療が実際に行われているのです。

 この事実から、どんな選択が考えられるのでしょうか?

大量の薬や手術が逆に寿命を縮める原因に

 その1つは「医師の話をうのみにしない」という選択です。

「医者の不養生」という言葉があります。医師は自分の健康や体には無頓着だという意味です。ウソのような本当の話ですが、医師は患者さんには薬や健診を勧めるのに、自分ではやりたがりません。

 おそらく「薬や健診は寿命を大きく延ばすものではない」ということを経験的に知っているからだと思います。それなのに患者さんに対しては「血圧が高い」とか「肝臓の数値が悪い」と言って大量の薬を処方する。「小さなガンが見つかった」と言って手術を勧めるのです。

 その結果、どうなるか? 患者さんは薬漬けになったり、小さなガンと一緒に臓器の一部も切り取られたりするのです。若いときならそれもいいでしょう。しかし幸齢者になったのなら、それは逆に、不調や寿命を縮める原因になりかねません。

 それは果たして、あなたが望む幸せな晩年なのでしょうか?