教室での揉め事を真に解決できるのは子どもたち自身だけ
ブレイディ シティズンシップ教育を導入したのは労働党のトニー・ブレア政権です。その際、保育士もまた教育者なんだという思想で幼児教育の改革も行われました。なので、イギリスには保育にも後のシティズンシップ教育に繋がる分野のカリキュラムがあります。イギリスの公教育は4歳から始まるのですが、その段階であっても、カリキュラムの最終目標にすえられているのは、自分の意見が言えることなんです。
工藤 大事なことですね。意見を言い合えば、もちろん子どもたちはぶつかりあいます。しかし、それをきちんと経験させてあげるのが重要です。自分が傷ついていることを自覚し、だからと言って同様のことで相手が傷つくとは限らない。自分とは異なる視点で相手が傷つくことがあることも理解する。それがエンパシーの基礎になっていきますよね。
ブレイディ もっといえば、教室で子どもたちの揉め事を真に解決できるのは実は子どもたち自身だけです。その場に居合わせるのは当人たちだけということも多いので、自分たちの頭で考え、よりよい解決法を見つけるしかないんです。もちろん、解決できないときも、あるいはまた同じ問題が再度起こるときもあるかもしれない。けれども、その度に自分たちで方法を探り、共存することは必ずできる。もしかしたら日本でも移民の方が増えていけば、こうした体験が増えていくのかもしれません。
日本が衰退するのは「下からの力」が足りないから
ブレイディ 私は日本に帰るたびに感じることがあります。日本はトップダウンの仕組みばかりで、「下からの力」が足りないのではないかということです。
たとえば、現代のイギリスの問題は、物価高と貧困の激増です。みんな、とても食べていけない。いま貧困の危機にある人たちの中には、コロナ禍でエッセンシャル・ワーカーともてはやされた人々もいる。いざコロナの危機が去れば、生活が立ち行かなくなりました。そうした経緯から、今回ばかりは行動しなければならないと考える人が多いんです。
だからデモも起きるし、30年間で最大規模とされる鉄道のストライキも夏から続いています。看護師、教員、消防員のストライキも計画されている。ラジオ番組では、直接行動にどれほど効果があるのかをリスナーを巻き込んで議論しています。それほどの事態です。雇用主と組合とで交渉はするけれど、賃金が上がらなければストライキという直接行動で訴える。そういう歴史が積み重ねられてきたからこそ、賃金も時代とともに上がってきた。
しかし、日本はストなんか起きない。逆に政府が賃上げを命じるような国ですよね。こういうことですらトップダウンの力が実現させる。日本が衰退しているのは、下からの力が足りなさすぎるからじゃないかと思えてきます。みんながみんな、「上がどうにかしてくれ、そうでなければ何も変わらない」と思っているのでは。自分たちが統治している感覚がないんです。