今から5000年前、現在のイラクとシリアにあたるメソポタミアには、すでに高度な文明が栄えていました。そんな「古代メソポタミア文明」に生きた人々は一体何を食べていたのでしょうか――。
歴史料理研究家の遠藤雅司さんが主宰する「音食紀行」というプロジェクトでは、歴史的な文献をもとに当時の人々が食べていた「歴史料理」を再現しています。ここでは、そのレシピをまとめた『歴メシ!決定版』(晶文社)から一部を抜粋して、古代メソポタミア文明の「歴史料理」を紹介します。(全2回の1回目/マリー・アントワネット編を読む)
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ギルガメシュの計らい 文明人の証し
古代メソポタミア文明──。口にするだけで、不思議と胸が高鳴る時代です。「楔形文字」「ハンムラビ法典」「ギルガメシュ叙事詩」といったワードを連想する人もいるかもしれません。しかし、食生活となるとどうでしょう。そもそも、古代メソポタミアの人々は料理らしい料理を食べていたのか? 原始的な食事しかしていなかったのではないか? そんな疑問が浮かぶのではないでしょうか。
結論からいえば、古代メソポタミア人は、なかなかにグルメな食生活を送っていました。彼らの生活の中心には、パンとビールがありました。これらは単なる食物ではなく、調理を経て作られた、古代メソポタミア文明を象徴する「料理」です。
オリエント世界最古の叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』には、このパンとビールにまつわる、次のような逸話が残されています。
古代都市ウルクの王・ギルガメシュは横暴なふるまいで人々を困らせていました。メソポタミアの神々はギルガメシュを鎮めるため彼に友人を与えることにし、泥から野人エンキドゥを作り出します。ギルガメシュは荒野で獣のように暮らすエンキドゥの話を聞き、彼に興味を抱きます。そこでギルガメシュはエンキドゥを連れてくるよう、遊女に命じました。エンキドゥはギルガメシュのもとへ向かう途中、遊女から着衣や食事を教わります。文明を知ったエンキドゥはウルクの街でギルガメシュと出会い、2人はたちまち親友になりました。
これ以降ギルガメシュとエンキドゥの物語が続くのですが、そろそろ本題の食事に戻りましょう。エンキドゥが遊女から教えてもらった食事、これがまさしくパンとビールでした。2人がウルクに到着する前に訪れた羊飼いの家で差し出されます。
彼は目を細めて、眺めてみたが、[それが何か]エンキドゥにはわからなかった。パンを食べることも、ビールを飲むことも、彼は教えられていなかった。
(『ギルガメシュ叙事詩』月本昭男訳)
野人エンキドゥにとっての食事は野草や獣の乳でした。未知の食物に戸惑うのは野生の本能です。遊女はエンキドゥにこう呼びかけます。
「エンキドゥ、パンをお食べ。それが生きるしるしです。ビールをお飲み。それが国のならわしです」
(前掲書)
こういわれたエンキドゥは、一度口をつけるとそのおいしさに魅了され、満腹になるまでパンを食べ、壺で7杯もビールを飲みます。
この一連の物語は、エンキドゥが食事によって「野人」から「文明人」になる過程を表しているといわれています。野草や動物の乳と違い、人間の手によって生まれるパンとビールは文明人の証しでした。古代メソポタミア人にとっては単なる食糧以上の存在であったことが神話からも読み取れます。