アカル( ビール風味のパン)
パンは古代メソポタミアで常食として広く食べられていました。パンはシュメール語で「ニンダ」、アッカド語で「アカル」と呼ばれていました。シュメール語の語彙表『ハルラ=フブッル』には、80に上る数のパンの種類がリストに収録されています。「竈のパン」、「パンの後のパン」、「エシャ粉のパン」、「黄色のエシャ粉のパン」、「葦の灰パン」、「油を注いだ厚いパン」、「王の摘み取ったパン」など、わたしたちの想像をかきたてるパンがいくつも存在しました。
古代メソポタミアでパンは大麦、小麦、古代小麦のエンマー小麦で作られました。今回再現するパンは、大麦を挽いた大麦粉、小麦粉、エンマー小麦の粉をブレンドし、市販のビールを加えて、混ぜ合わせた生地をオーブンで焼き上げるパンです。
ベーグルのようなしっかりとした食感がクセになります。これを古代メソポタミア人は毎日のメニューとし、さらに備蓄食や旅行に持っていく携帯食にしていました。
メルス( 古代メソポタミア風ガレット)
3品目は古代メソポタミアのお菓子です。アッカド語で「メルス」、シュメール語で「ニンダ・イ・デ・ア」と呼ばれる焼き菓子です。前述のとおり「ニンダ」はパンの意味ですから、この焼き菓子もパンの一種です。「イデア」の原意は「油を注ぐ」という意味で、材料には油、バター、デーツなどが含まれます。
メルスは祭祀には必ず登場し、古代メソポタミアの各時代、各都市で神に作られ捧げられていました。
古くは紀元前22世紀から21世紀にあったウル第三王朝の時代から知られ、そこでは神殿の門に対して捧げられた供物として使われていました。
作り方は、ボウルに大麦粉とエンマー粉、セモリナ粉、水、ビール、牛乳、刻んだドライフルーツ類を入れてタネをつくり、フライパンかホットプレートで両面を焼き上げます。材料には、各時代で変遷がありましたが、デーツ(なつめやしの実)やピスタチオ、干しイチジク、干しぶどう、干しりんごのほか、にんにくも使われていたようです。
食べてみるとにんにくがほかの食材の甘味を引き出し、なかなかおいしいです。イベントでお客さんにお出しするうちにいつのまにか「メソポタ焼き」の愛称がつきました。かわいらしい響きで気に入っています。
紀元前から変わらぬこと
古代メソポタミア文明は、食材や調味料は限られ、簡素な調理器具しかない時代です。ところが、楔形文字で刻まれた文献から作り出した料理は、多少の現代風アレンジがあることを差し引いても、素材の味を生かした、現代の減塩メニューにも近い「普通においしい料理」でした。
メソポタミアの人々はクミン、コリアンダーなどの調味料、そして「だし」を使って食材の味を引き出していました。特に「メルス」の、デーツ、ピスタチオ、ドライフルーツににんにくを混ぜ込むという発想には驚かされました。古代の料理には、時代の波にのまれて消えてしまった妙味が、まだまだ潜んでいるに違いありません。また、塩のある料理、ない料理の差を捉えるため「追い塩」をすることで、素材の味わいと料理を引き締める塩の役割を体感できました。
工夫と熱意次第で料理はいくらでもおいしくなる。忘れがちなことですが、有史以来変わらない真理です。古代メソポタミア料理を通じて、そんな大切なことを、遥か悠久の昔に生きた古代人たちに教えてもらったような気がします。