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粘土板レシピに挑戦

 ここまで、古代メソポタミアでどのような食材や料理が存在したのかを紹介してきました。これからは、文献をもとに、3品の料理をどのように再現したのか、そして各料理にどんな由来、背景があるのかを説明します。

 古代メソポタミアのいわゆる「レシピ」に相当する一次資料はたいへん希少です。現存するレシピは、宮廷内で供されていた高級料理についての記述で、なかでもずば抜けて多くの情報をもたらしてくれるのが、イェール大学が保管する粘土版です。紀元前1730年頃までに書かれた古バビロニア時代の粘土板で、野菜、豆類、果実などの調理法が記されています。

 アッシリア学の第一人者であるジャン・ボテロがこのイェール大学所蔵の粘土板をはじめとする古代メソポタミアのレシピを解読し、著作『最古の料理』に記しています。この本に収載された「バビロニアコレクション」を参照しながら、メソポタミア料理を再現してみます。

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古代小麦とラム肉のシチュー

 古代メソポタミアの煮込み料理には驚くべきことに、「野菜だし」が使われていました。ウルク神殿跡から発掘された、紀元前4世紀の粘土板には、「古代メソポタミア風だし」のレシピが残されています。少々読みにくい文章ですが、原文を引用します。

 1DIRIの炒りヌフルトゥ/1DIRIの炒りサフルゥ/1DIRIの炒りカスー/1DIRIの炒りカムーヌを/あなたはカスーからの水1ストゥで沸かす、/2シクルのエッルをXビールのなかに(入れ)、/1クーになるまで。/あなたは濾過し、/(動物を)屠り、その中に(その肉を)投げ入れる。

(『ガウチャー大学楔形文字碑文Vol.2 394番』月本昭男訳)

 辞書にあたった結果、アサフェティダ、クレソン、マスタードシード、クミン、けしの実、きゅうりなどの野菜、スパイス、ビールで、だしをとっていることがわかりました。ちなみに、古代メソポタミアのレシピにはコショウの記述は存在しません。塩の記述は存在しますが、このだしのレシピには記されていません。古代メソポタミア人は塩、コショウが使えなくても、この野菜とスパイスのだしを使うことで肉や野菜の味を引き出していたのではないでしょうか。

 さて、古代小麦とラム肉のシチューです。この料理のレシピも「バビロニアコレクション」に記載されています。古代メソポタミア風だしを作っておき、ラム肉、古代メソポタミアで栽培されていたとされる古代小麦のエンマー小麦にセモリナ粉、にんじん、古代メソポタミアの代表的な野菜のにんにく、スパイス・ハーブ類を煮つめて作ります。だしのおかげで食材の味が引き出され、上品な味わいが楽しめます。