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――そういう仕組みもよく分からないですもんね。

蓮見 はい。それで安直に「その『作家』という人になればいいんだ」と思ったものの、親が大学には行ってほしそうだったので、いったんは日本大学の芸術学部映画学科に入ったという流れですね。

――日芸は一番その世界に近いイメージがあります。

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蓮見 そうですね。誰かいるだろうなと思ったんです、同じようなやつが。結果、いたんですけど(笑)。演劇サークルを作って、そこにメンバーの園田も最初からいて、あとは年を経るごとに人数が増えて。俺らは非公認サークルだったので、日芸のホールは1個も借りられず、普段授業してる教室で公演してたんです。そうするとやっぱり長いものを作りづらいし、照明は蛍光灯だし。なので、コントになっていったんですよね。なんであんなにストイックだったのか、よく分かんないんですけど、10分超えの新ネタを毎月6本ぐらい作ってました。

 

――狂気ですね(笑)。

蓮見 今思えば(笑)。当時はサークルに入りたいと言った人はまずは出演して、で、面白いなと思ったら続けてもらって、別にだなと思ったら、そっと離れていくのを待つ、みたいな空気感がずっとあって。で、残ってくれたメンバーが今のダウ90000です。

芸人からの異端児的な扱いは?

――スクールに入って芸人になるというのとは、全然違う道のりですね。芸人サイドから異端児的な扱いを受けることはないですか。

蓮見 そういう芸人さんは本当に1人もいなくて。本当にみんな優しいし「板付きで8人いたら面白い」っていうのをまだ言ってくれる。純粋に面白がってくれるのはめちゃくちゃうれしかったですね。もちろん厳しい声もありますけど、演劇とお笑い、両方やって売れようとしてる人を応援してくれよ、と。

コント「出会い方と別れ方」より(NHK提供)

――芸人という肩書きに対して、ストイックな感情を持ちすぎてしまっているのかもしれません、観客側が余計に。