2・お金を頂くための会話
信頼関係が構築できたら、狂言を使って金を引き出すフェーズに入る。
毎日していたLINEを急に止めることで、トラブルを匂わせる。そして数日経ってから「家賃を滞納している」「借金取りに追われている」などの嘘をつき、相手に「僕がなんとかするよ」と言わせるのが基本の流れのようだ。
渡辺容疑者は、自分の窮状を相手に伝えることを「魔法をかける」と定義していた。ここにも、渡辺容疑者の表現へのこだわりが見受けられる。
嘘をついて相手から金を無心するのは、一連の流れの中で最も心理的抵抗のあるステップだ。売春を「援交」、窃盗を「万引き」と表現することで、いくらか心理的抵抗が低減されるように、心理的負担を取り除くために虚言を使って人を欺くことを「魔法」と表現した可能性もある。まあ私は渡辺容疑者に会ったこともないし、長期にわたって追跡していたわけでもないので、これは単なる考えすぎかもしれないが。
たとえば、家賃を滞納している場合は
いつから→2ヶ⽉前(2ヶ⽉分)
どこから→管理会社
誰が借りているのか→⾃分
何に困っている→家賃を滞納
何故滞納したのか→コロナで前より稼ぎが減り払う余裕がなかった
払わないとどうなるのか→家を追い出される。実家に連絡がいって困る
というように、狂言の設定を詳しく練ることの重要性が書かれている。
そして、いきなり全ての設定を出すのは下策で、情報を小出しにすることで相手の理解を深めることが大切だという。また、LINEを送る時間も「仕事中ではなく相手が家にいる時間を狙う」と、成功率を高める方法は細部まで詰められている。
そしてポイントは、「金に困っている」ということは伝えつつも、「金を出してくれ」とは言わないことだ。
「おぢだから相談した」「金目当てではない」ということを会話で伝え(例文も載っている)たうえで、相手の方から「僕がなんとかするよ」と言うように誘導していくことの重要性を強調している。
また「お金を出すよ」と言われた際も、必ず1度は断るという。
そのうえで「なんか色々調べてみたんだけど ネットでソフト闇金っていうのがあって それに申し込んでみようかな」などと根本的な解決にならない案を出して、相手に助け舟を出させる方法や、1度に要求する額を欲張りすぎると、成功率が下がるというアドバイスも紹介している。
ただし、こうして虚偽のエピソードで金銭を要求しても、すぐに「お金を出す」という相手ばかりではない。「弁護士に相談したら?」「親御さんに助けてもらえないの?」と、金銭を提供する以外の代案を出されることも多いという。
こうした提案をあらかじめ想定し、「私はおぢのこと信⽤して全部話したの。全然知らない部外者に話すつもりない」「ずっと暴⼒とかされてたり、家族みんな仲良くなかったからそれが嫌で家を⾶び出てきたのに今さら相談できるわけない」などと、相手の代案を否定する例文まで用意されている。
この章でも、渡辺容疑者は「嘘」や「設定」という言葉を一切使っていなかった。詐欺を成功させるためには、自分のついた嘘を本当だと思い込んで、上手に演じ切ることが大切だと思っていたのかもしれない。