「わからない」は伝わらない。たとえばテレビでは伝わらない。

 テレビを見て、私たちはさまざまなことを思う。面白い。つまらない。楽しい。悲しい。イライラする。癒やされる。だが「わからない」は伝わらない。少なくとも伝わりにくい。だからそもそも、テレビは「わからない」をほとんど伝えない。

 なぜか。移り気な視聴者は「わからない」がちゃんと伝わる前に別の番組に変えてしまうからだ。目の前の画面で繰り広げられている内容が私には「わからない」、私はこれが「わからない」人間である、そのことをテレビの前でじっくり腰を据えて理解するような時間は、どれだけあるだろう。少なくとも私にはあまりない。そんななかにあって、テレビに「わからない」時間を増やす人がいる。星野源である。

ADVERTISEMENT

「わからない」時間をつくる星野源という存在

 星野にとって初の冠番組となった『おげんさんといっしょ』(NHK総合)は、星野が「おげんさん」というお母さん役となり、「おとうさん」に扮した高畑充希や、長女の「隆子(たかしこ)」に扮した藤井隆らと共にお送りする音楽・バラエティ番組である。

 番組内では松重豊が扮する「豊豊(ほうほう)さん」(おげんさんの乳母という設定)とのあいだで洋楽を中心とした偏愛的な音楽トークも繰り広げられる。星野と松重のコーナーは、スピンオフ番組までつくられた。それが、『おげんさんのサブスク堂』(同前)だ。

『おげんさんのサブスク堂』は2022年の夏に初めて特番として放送された(番組公式SNSより)

 そこで2人が紹介する音楽は心地よい。ただ、私は音楽に疎い。特に洋楽は知らない。そんな私には、出演者のトークの内容がまったくわからない。もちろん、視聴者のなかには詳しい人もいるだろう。が、ほとんどの人はついていけてないはずだ。わかりやすさが求められるテレビのなかで、多くの人にとってこれだけわかりにくい情報が盛り込まれたプログラムが音楽・バラエティ番組として放送されているのは、いくらNHKとはいえめずらしい。

 ただ、そんなわからない時間が含まれたこの番組を、私は放送されるたびに見てしまう。おそらく、コントのような設定、音楽の心地よさ、星野をはじめとした出演者の魅力、それらが「わからない」をくるむ糖衣になっているのだろう。糖衣にくるまれた「わからない」を、私は飲み込む。そしてときどき、サブスクリプションの音楽配信サービスで番組に出てきた「わからない」固有名を検索する。

 星野源を介して、「わからない」に浸る。そうして私たちは、新しい出会いへと誘われる。

 前置きが少し長くなってしまった。8月12日と26日に放送された『おげんさんのサブスク堂』に、プロフィギュアスケーターの羽生結弦が出演していた。おげんさんの弟という設定である。