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「こんなにも、黒いのか」24年間勤めたNHKを辞めて…ディレクターから猟師になった男とヒグマの“一騎打ち”

著者は語る 『獲る 食べる 生きる』(黒田未来雄 著)

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『獲る 食べる 生きる』(黒田未来雄 著)小学館

 今年8月、24年間勤めたNHKを「一身上の都合により」早期退職した。北海道に移住し、猟師として生きていくため――。

 そんな異色の経歴を持つハンター黒田未来雄さんが、このたび初の著書『獲る 食べる 生きる』を上梓した。本書には、黒田さんが狩猟に寄せる思い、狩猟に魅せられていった経緯、そして実際に狩猟に出掛け、獲物をしとめた時の様子などが、静かに、熱を帯びた筆致で綴られている。

「最初から狩猟に興味があったわけではないんです。もともと、大自然の中に身を置いたり、野生動物を見たりするのが好きで、星野道夫さんの著作も愛読していました。その影響から、ネイティブアメリカンの思想や文化にも関心を持つように。それが狩猟へと移っていったのは、2006年、ある人物との出会いがきっかけでした」

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 黒田さんの良き友であり良き師でもあるその人、北米先住民族のキースは、神話の語り部にして、優秀なハンターだった。彼に導かれて何度もカナダを訪れるうち、黒田さんは、少しずつ狩猟の世界に足を踏み入れていく。特に心惹かれたのは先住民たちの、いのちとの向き合い方だという。

「撃たれて絶命していく獲物の姿があまりにかわいそうで泣きそうになっていたら、キースに『泣くな。それは獲物に対して失礼だ』と叱られたんです。その言葉にハッとしました。つまり、人間は人間として生まれてきた以上、ほかの生きもののいのちを奪い、それを食べて生きていくしかない。だから目の前の死を安易に悲しがるべきではないし、目を逸らしてもいけない。とてもまっとうな感覚。スーパーで売られている肉を食べているだけでは決して得られない体験を、僕はその時に得たんです」

 17年、北海道への転勤を機に、黒田さんは自身もハンターとして狩猟を始める。選んだのは、「単独忍び猟」。一人だけで山に入り、自分の足で歩きながら獲物を追う狩猟方法だ。そうして、これまで70頭以上のエゾシカを撃ち、解体し、そして食べてきた。

「しかも、どんなふうに躍動し、どう死んでいった鹿の肉なのか、知った上で食べることが重要です。それほど素晴らしい生きもののいのちをいただいたのだから、そのぶん力を漲らせ、しっかり生きていかなくちゃいけない。それが本来、人間のあるべき姿なのではないでしょうか」

 やがて黒田さんは、念願だったヒグマとも一騎打ちを果たす。その様子を記した「ヒグマ猟記」の章は、本書の読みどころの一つだ。

黒田未来雄さん/撮影:大川原敬明

〈斜面に生い茂る、深緑のシダの中。不意に、真っ黒なものが蠢(うごめ)いているのに気付いた。(中略)一瞬でそれと分かった。こんなにも、黒いのか――〉

 長年、『ダーウィンが来た!』などの自然番組の制作に携わってきた黒田さん。臨場感たっぷりの描写はさすがで、スリリングな展開に胸が躍る。が、このヒグマは母熊で、子熊を2頭連れていた。その結末は。

「……残酷だと言う方もいると思います。実際、本書には、テレビでは表現できないところまで、一歩踏み込んだ内容が書いてあります。もちろん、あえて書きました。僕は元ディレクターとして、より多くの人に抵抗なく受け入れてもらえる表現の“作法”も、それなりに心得てはいます。でも、今の僕は取材者ではなく狩猟の実践者なので。当事者である僕にしか見えていないもの、語れないものがある。それをそのまま薄めずに表現し、伝えることを、これからはやっていきたいと思っています」

くろだみきお/1972年、東京都生まれ。94年、三菱商事に入社。99年、NHKに転職し、ディレクターとして主に自然番組を制作。2023年に早期退職し、猟師となる。現在は狩猟体験や講演などを通じて狩猟採集生活の魅力を発信している。

「こんなにも、黒いのか」24年間勤めたNHKを辞めて…ディレクターから猟師になった男とヒグマの“一騎打ち”

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