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「タケノコは私にとってワクワクする食物」2005年に来日してから魅せられて…北海道から熊本まで旅して出会った日本の“天然食物”

著者は語る 『日本の自然をいただきます』(ウィニフレッド・バード 著)

2023/06/20
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『日本の自然をいただきます 山菜・海藻をさがす旅』(ウィニフレッド・バード 著/上杉隼人 訳)亜紀書房

「元々日本には全く関心がありませんでした。しかし、カナダで日本人男性と知り合って結婚したことがきっかけで、彼の生まれ故郷である三重県に住むことになりました」

 北海道から熊本まで旅して出会った人々と自然の食物について綴ったエッセイ『日本の自然をいただきます』。著者のウィニフレッド・バードさんは、当時の夫の親友が安曇野に住んでいたこともあって、長野県松本市郊外に引っ越した。今は翻訳家としても精力的に活動しているが、当時日本語は全くできなかった。

「普通の人間として、対等な立場で社会に参加したくて、死に物狂いで日本語を勉強しました」

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 松本で隣人の伴貞子さんに出会ったことからバードさんの人生の冒険が始まる。伴さんは、日本では野草が文化に織り込まれていることを初めて教えてくれた人だが、家に招かれるとコゴミの渦巻いた芽、ツクシの芽など、決まって季節の旬のものが出されたという。山菜を一緒に摘みに行き、その調理法まで手ほどきを受けたのも伴さんからだ。

 ツクシは、バードさんがいま住んでいるミシガン湖にあるワシントン島にも生育しているが、誰も見向きもせず、食べないそうだ。

「私が生まれ育ったサンフランシスコではブラックベリーを毎年摘んでいました。それが基礎となる経験でしたが、食用野草に本格的に関心を持ったのは、松本に住み始めてからです」

 農耕がおこなわれる前から日本人が食べてきた、山菜をはじめとする天然食物に魅せられたバードさん。日本に来て初めて採取した天然食材はタケノコだった。

「タケノコは、私にとってとてもエキゾチックで、ワクワクする食物でした。アメリカにはオーナメントとして植えられる以外、竹はあまり見かけません。アメリカ人からみると竹は日本やアジアを象徴するようなイメージです」

ウィニフレッド・バードさん

 バードさんは、長野県や三重県御浜町など地方都市で暮らした8年間、さらにアメリカ帰国後もたびたび日本を訪れ、全国を旅した。滋賀のトチノミ、福井のフキの葉包みのおにぎり、京都のタケノコ会席といった山の幸だけではなく、徳島の生ワカメのしゃぶしゃぶなど海の幸を生かした文化を守っている地元の人たちと触れ合い、作ってくれた料理を食し、その話に丹念に耳を傾けた。

〈自然の食べ物を採取して食すことで、この国の食事と風土に対する深い理解がおのずと得られる〉。食文化として連綿と受け継がれてきた背景や歴史にも敷衍して言及しているところが、日本人にも新鮮である。

 巻末の「野草・海藻ガイド」もイラスト付きで楽しい。また、本書では『万葉集』などの古代の歌集に収録された和歌や郷土資料などからの引用も豊富だ。

「この本を翻訳した上杉隼人氏は私が引用した日本語の古典文献の原典にあたり、元の日本語に戻さないといけなかったので、大変な仕事だったと察します。その意味で日本語に〈戻された〉翻訳本は日本人にとって、現代生活で無視されがちな日本古来の天然食材の世界へアクセスする門戸としての役割を果たしてほしい」

 我々が人類としていかに自然と共存するか――。それがテーマでもある本書には、トチノミの灰汁(あく)抜きに人生のほとんどを捧げている山下露子さんや、タケノコのことしか頭にない小松嘉展さんのような、一種独特な人が次々に登場する。

「私が関心を持ったのは、そういう変わった人たちと天然食物が交差している部分。本書をそういう人たちの物語としても読んでいただけたら嬉しいです」

Winifred Bird/新聞記者、翻訳者、ライター。米アマースト大学で政治学を学ぶ。2005年に来日し、英語教師、ジャーナリストとして活動。森見登美彦著『きつねのはなし』や細田守著『おおかみこどもの雨と雪』などを翻訳。現在は米・ワシントン島で家族と生活。

「タケノコは私にとってワクワクする食物」2005年に来日してから魅せられて…北海道から熊本まで旅して出会った日本の“天然食物”

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