タンパク質で病気を治療する
mRNAが医療に開く可能性は感染症対策だけにとどまりません。
多くの病気が、ある特定のタンパク質の機能を促進したり、阻害したりすることで治療できます。まさに薬(化合物)の役割がそれで、多くの解熱薬はシクロオキシゲナーゼというタンパク質に結合することで、発熱物質が産生されるのをストップしているのです。
また治療用に作られたタンパク質もあります。最も有名なものは、糖尿病の治療に使われているインスリンです。他にも、がんや脳神経疾患、循環器疾患、自己免疫系疾患など、いろんな病気に対する治療用のタンパク質が開発されています。
ということは、mRNAで望み通りのタンパク質を体内で作ることができれば、いろんな病気を予防・治療することができるのです。たとえば、ケガやヤケドをしたところに傷を治すのに必要なタンパク質を作るmRNAを入れてあげれば、治癒するまでの時間を短縮できるはずです。
医療分野において、さらにRNAが優れているのは、安定的でなく壊れやすいことです。ここが丈夫なDNAと違うところです。壊れやすいのがメリットだというのは、どういうことでしょうか。
遺伝子組み換え技術だけでなく、精緻なゲノム編集の技術が確立したことで、遺伝子治療の分野がとても注目されています。2018年にはHIVウイルスに耐性をもつようにゲノム編集をした双子が生まれたと中国人研究者が発表し、世界中で大ニュースとなって波紋を呼びました。
DNAは非常に強く、ほぼ恒久的なものです。変異した部分を切ったり、新しい配列を加えたり、なんらかの操作を加えれば、患者が生きている間はずっと残りつづけますし、子孫に引き継がれていく可能性さえあります。
ですから、ごく一部の限られた人をのぞいて、ほとんどの人にゲノム治療は必要ないと私は思います。
反対にmRNAは、投与された人の体の中でタンパク質を作り、数日から1週間ほどすればきれいに消えてしまいます。効果は一時的なものであり、その意味では薬と同じですが、薬では不可能な治療をしてくれます。恒久的なDNAと比べたら、はるかに安全性が高いといえます。