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 ところが、CEOのシャヒン氏は違っていました。同年1月に武漢でCOVID-19がアウトブレイクしていることを知ると、これはウイルスが世界中に拡がって、パンデミックになると直感したそうです。武漢には国際的なハブ空港があるからです。

 翌日、彼は開発チームを招集し、こう言ったそうです。

「やがてドイツにも来るパンデミックに、我々は対処しなければならない」

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 シャヒン氏には、ある程度の勝算があったようです。

 というのも、すでにビオンテックはアメリカの世界的メガファーマであるファイザーと提携して、2018年からmRNAを使ったインフルエンザ・ワクチンを開発していたからです。このワクチンは動物実験をすでに終えていて、ヒトへの臨床試験を進めようとしていた段階にありました。

 ですから、世界中で臨床試験を何万人もを対象に実施することも、それだけの数のワクチンを製造・配送することも比較的容易だったのです。

 さらに、インフルエンザ用に開発していたワクチンを新型コロナウイルス用に切り替えることは、mRNAを利用したワクチンですと極めて簡単なのです。このウイルスのゲノム配列は2020年1月10日には中国の研究者が解析して公表していました。これに合わせてmRNAを合成すればOKです。ここがmRNAを使うタイプのワクチンの大きなメリットなのですが、この点については、後で詳しく説明することにしましょう。

ご褒美はチョコレート菓子

 2020年の3月にはファイザーと新たな提携契約を結んで、4月下旬には臨床試験が始まりました。

 ファイザーは、モデルナと同じ7月27日に、アメリカのロチェスター大学で最初のボランティアにワクチンを打つ後期臨床試験を開始しました。モデルナなどライバル企業との開発競争もあり、なるべく早くハイリスク層(高齢者や基礎疾患のある人)に対するワクチンの緊急使用許可を申請できるだけの十分なデータを得たいと考えていました。

※写真はイメージです ©iStock.com

 その後、ワクチンの治験が世界中で進められ、最終段階(フェーズ3)の中間解析結果が正式に発表される前日の11月8日、シャヒン氏から電話がかかってきました。いま誰かと一緒にいるかと尋ねてきたので、自宅で夫と一緒にいると答えると、彼は話を続けました。

「フェーズ3の結果は大成功だった」

 その知らせを受けて私は、大好きなチョコレート菓子の袋を手に持って、夫にこう言いました。

「今日だけは一人で一袋全部食べさせてもらうわよ!」

 グーバーズというピーナッツ入りのチョコレートが、私にとってはお祝いのシャンパンだったのです。