今年のノーベル生理学・医学賞の受賞者に選ばれたカタリン・カリコ博士(68)。
ここでは『コロナ後の未来』(文春新書、2022年)に収録された、カリコ氏のインタビューを特別に公開する(全2回の1回目/続きを読む)。※年齢・肩書きなどは、刊行時のまま
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つい数年前まで、ごく限られた研究者にしか知られていなかったカタリン・カリコ氏(67)だが、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)用ワクチンの開発者として世界中で知られるようになった。
ファイザー/ビオンテックとモデルナがワクチンとして初めて活用したのが、メッセンジャーRNA(以下、mRNA)である。1978年にハンガリーのセゲド生物学研究所で研究者としてのキャリアをスタートさせたカリコ氏は、そのときからRNAを研究テーマとしていた。カリコ氏は40年以上にわたってRNAについて研究し、ついにワクチンとして実用化させたのだ。
カリコ博士の人生は波乱万丈であり、研究の意義を周囲から認めてもらえない不遇な時期が長かった。しかし、そんな苦境に屈せず、異国の地で研究に邁進してきた。
今回は、RNA研究をワクチンとして結実させるまでの道のりと、オミクロン株のような新たな変異株に対して、mRNAワクチンが有利に働く可能性について語ってもらった。
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人生の分岐点となった出会い
人生には浮き沈みがつきものと言いますが、新型コロナウイルスのワクチンを開発するまで、私の人生はずっと沈んでばかりでした。RNAの研究をしている専門家たちにはある程度知られていましたけれど、一般の人は私が何者であるか、知らなかったでしょうし、関心もなかったことでしょう(笑)。
きっかけは2013年7月、ビオンテックのCEOであるウール・シャヒン氏が、私の講演を聞きに来てくれたことでした。ペンシルバニア大学でドリュー・ワイスマン教授と私が共同研究で生体に投与しても炎症反応を起こさないよう改良したmRNAを、同社が開発しているワクチンに使えるのではないかと興味を持ってくれたのです。
BioNTechという社名はBiopharmaceutical New Technologiesの頭文字からとったもので、新しい技術でバイオ医薬品を開発するベンチャー企業を表しています。トルコ系のシャヒン氏とオズレム・テュレジさん夫妻が、2008年にドイツで設立しました。もともと2人とも科学者で、がんの免疫療法を研究していました。