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 当時、ビオンテックではがん治療にmRNAを使うことができないかと検討していました。それで私たちが改良したもので試してみたいと、仕事をオファーしてくれたのです。私は即答でOKし、ビオンテックのあるドイツのマインツに渡り、同社の副社長(2019年からは上級副社長)に就任しました。

 実は、少し前に私はペンシルバニア大学で教授への昇格を断られていたのです。2009年までは、研究室の主宰者である上級研究員だったのですが、非常勤の准教授になりました。非常勤というのは事実上、これ以上は研究者としての人生を歩めないということです。それでも歯を食いしばって研究を続けていました。

 私がペンシルバニア大学から去ってビオンテックで働くことを教授たちに告げると、彼らはこう言って笑いました。

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「ビオンテックなんてウェブサイトさえ持っていないじゃないか!」

画期的だったジカ熱のワクチン

 ビオンテックの社員はいま約1800人にもなりましたが、私が入ったころは100人ほどだったでしょうか。研究者夫妻で始めた企業だけに、経営陣もみな科学者であり、サイエンス的な視点を重要視するカルチャーがあります。

 ここで私は同僚たちと、がん、ジカ熱、インフルエンザと、いろいろな病気に対するmRNAを使ったワクチンの開発を進めてきました。mRNAを使ったワクチンは非常に不安定なのですが、脂質の膜で包むことで克服できることもわかりました。

 そして、画期的な成果が出たのは2017年のことでした。

 ワイスマン教授らと共同研究を続けた結果、mRNAワクチンをネズミとサルに投与したところジカ熱のウイルス感染を防ぐことができたのです。ジカ熱は蚊がウイルスを媒介する感染症で、軽度の発熱や関節痛などを引き起こしますが、妊婦が感染すると胎児に小頭症などの先天性障害を来すことがあります。2016年のリオ五輪・パラリンピックのとき、現地で流行して話題になっていたので、ご存知の方も多いでしょう。

 このジカウイルス用ワクチンで非常に重要な知見が得られました。ネズミとサルというまったく大きさの違う動物に対して、同じ量のワクチンで同様の効果を発揮できたことです。

 つまり、体の大きさ(体重)でワクチンの量を調節する必要がないのです。これは人間にも当てはまります。

これはパンデミックになると直感したCEO

 2020年の初め、中国の武漢で新しいタイプのコロナウイルスが流行しているというニュースを聞いたとき、ちょうど母国のハンガリーに帰省していた私は、正直なところ、

「中国で起きていることでしょう。こちらには関係ないわ」

 というくらいにしか思っていませんでした。