数年前に取材をきっかけとして贔屓のプロ野球チームができた。正真正銘、自他共に認める「にわか」だ。贔屓のチームは今年こそ優勝をと意気込んでいたが、終わってみれば3位。喜びに沸く優勝チームは手の届かない高みで燦然と輝いている。
たとえファン歴が浅くても口惜しくてわびしい。そんな折に読みふけったのが本書だ。作中に登場するのは架空のプロ野球チームだが、主人公である投手コーチの、その仕事っぷりが面白くてページをめくる手が止まらない。
調子のいい投手と悪い投手を見極めつつ、先発投手をどこまで投げさせるのか、リリーフは誰が行くのか、打たれた投手をどんな顔で迎えるのか、ピンチの場面で出て行く投手にどう言葉をかけるのか。主人公の考えや行動を読み進めていくと、試合の裏で何が起きているのかをリアルに思い浮かべることができる。
単に描写が詳しいというだけでなく、主人公のこれまでが絶妙な説得力を生んでいる。
選手としての現役時代、引退後のコーチとしての再出発、苦い思い出や手痛い失敗の数々を、噛みしめて糧にしている。食事も筋トレもまわりが引くほどこだわって、ストイックにして論理的。なのにすべて野球のためなので、感情的にもなるし意地も張る。とても人間くさい。
監督ともしばしば衝突するが、それは大きな問題として扱われることなく、主人公のもっぱらの悩みは選手同士の対立だ。チームの大黒柱であるベテランのエースと、新進気鋭の若手クローザー。優勝争いの最中というのに、ふたりは不仲を加速させる。
その状況下に、元チームメイトの訃報が舞い込む。現役時代にたびたび助言をもらった恩人でもある盟友は、不祥事を起こして球界から追放されていた。連絡が途絶えて7年。不慮の死をめぐって、事件記者も警察もやってくる。亡くなる前日、友は主人公に電話をかけてきたらしい。
心当たりはなく、戸惑うしかない主人公だが、不確かな情報に翻弄されつつ事件と深く結びついていく。真相がその電話に潜んでいるから。最後の最後まで、1本の電話が謎を握っている。なんという痺れる構図だろう。
選手の対立、優勝の行方、明かされる事件の全容、それらが一体となるクライマックスの盛り上がりたるや。体温が上がり、全身に力が入る。
別世界の話のようでいて、私は本書のこんな言葉が心に残った。「コーチに大事なのは自分の采配に酔うことではない。選手との信頼関係を1年間維持できるか」。コーチを物書き、選手を読者と、置き換えることができるのではないか。他でもない、この主人公が言うから響いた。彼がもっとも重きを置いているものを、私も大事にしたいと思う。
ほんじょうまさと/1965年、神奈川県生まれ。産経新聞社入社後、サンケイスポーツで記者として活躍。2009年『ノーバディノウズ』が第16回松本清張賞候補となりデビュー。著書に『トリダシ』『ミッドナイト・ジャーナル』『傍流の記者』『残照』など。
おおさきこずえ/作家。書店勤務を経て、2006年『配達あかずきん』でデビュー。著書に『片耳うさぎ』『27000冊ガーデン』など。